◆東京出身者のひとつのパターンに
私、東京タワーにのぼったことは1回しかありません。
六本木に初めて行ったのは、大学の時。地方出身の友人に遊びに誘われてです。
言わんとするのは、地元の人間は地元のことをよく知らないというあるある。地元が東京の場合、一般的知名度の高い場所が多いので、「行ったことないな…」というと、周囲から驚かれることが多い。
ちなみに、新宿・渋谷・池袋などの中心駅では、「迷う」「なかなか目的地にたどり着けない」と言われますが、それは東京出身者も同じ。一発で目的の場所にたどり着けることはまずない。でも何となくウロウロしていると、「あ、こっちだわ」となって何となくたどり着くだけ。
そんなものです。
◆地方勤務して東京に戻ると…
公務員に転職して、地方転勤が増えました。数年単位で「地方~東京~地方~東京」の繰り返しです。
最初の頃は、やっぱり東京に戻るとホッとしました。ほぼ感覚的なものですが、やはり安心と言うか、緊張せずに暮らせるというか、「慣れた場所」なんですね。
智恵子をもじって、「東京にも空がある」とよく言っていました。
私が小学校の頃(1970年代)は、東京に限らず、都会では光化学スモッグが出る、川は汚れて異臭を放つ状態でした。その頃の東京には空がなかったかもしれません。しかし、その後、いろいろな努力があって、東京の空・水・空気はかなりきれいになりました。個人の感想ですが、地方都市よりも空が青いと感じることも、富士山がきれいに見えることもあります。
一方で、人間関係は、東京に戻るたびに難しいことが増えるように感じました。
◆私の知っている東京は…
東京と言っても広くて、私は自然の多い、練馬や世田谷の端っこの方や、三多摩地区で暮らす時間が長かったです。東京と言っても田舎で、のんびりしたエリアでした。たとえば、家の水道が「井戸水」だったりとか。
近所や職場の関係性ものんびりしていて、他者に関心をもたないことをベースに、でも何かあったら親身になるというバランスや、子供が騒ぐ以外は目くじら立てないみたいな共同意識がありました。東京って、実は受容性が高い街なのです。
それが、変わってきました。もちろん一部の人ですが、他者に対する攻撃性や排他性が広がってきたような気がするのです。空は青いのですが、地上は…です。東京に戻った時、「おかえり」から、「何で戻ってきたの」に変わってきたのです
私の知っている東京は、受容性が高く、排他性が低い街でした。
でも、少しずつ、私の知っている東京ではなくなっていくような気がしたのです。
そして、地方暮らしに「私の知っている東京」を感じることが増えていきました。もちろん、私が東京のスピード感や生存競争についていけなくなっただけとも言えますが、それであればなおのこと、地理的な意味での東京に住む意味はないな…と思うようになりました。
そして、移住・定住を真剣に考え始めたのです。
◆ただし、この感覚は逆もあり
日本全体の人口減少が進んでいます。特に地方の減少は深刻で、若い世代の人口流出に各自治体は頭を悩ませています。
進学や就職で街を出て戻ってない…。その中には、地元が「私が知っている街ではなくなった」と感じ、地元に戻る気持ちを喪失する人もいるのではないでしょうか。
都会には仕事がある、給与が高い、便利とか…いろんなことが言われていますが、そういうことではないようが気がします。要するに、人間は、自分が生まれ育った環境よりも、受容性の高い街に定着するのではないでしょうか。もし、地方よりも東京の方が相対的に受容性が高いと感じたら、その人は東京で暮らすことを選択するはずです。
私の場合は逆で、東京より松本の方が受容性が高いと感じています。
だから、居ついてしまいつつあります。心地よいです。
もう少し大きく言えば、海外に出た人で、そこに居ついてしまう人も少なくありません。松井秀喜もニューヨークから帰ってこないですね。日本よりニューヨークの方が、「受容性が高い」と感じているのかもしれません。松井さんにとっては、巨人よりヤンキースの方が心地よいのでしょう。
松本も、良い意味で変わらないでほしいな…ってなことを思う今日この頃です。