55歳で退職したおじさんのブログ

投資・副業・役職経験のない平凡なサラリーマンでした。贅沢しなければ辞めても暮らせる程度に貯まったので早期退職。「健康で文化的なビンボー生活」を楽しみつつ、旅行、沖縄、小説、アーリーリタイア、健康、メンタルヘルス、シニア、ライフスタイル、不動産購入、ブログ、日々の暮らしなど記していきます。

早期退職生活とは人生の再生の時間

 

 早期退職してよかったと思えるかどうか…の境界線はさまざまと思います。

 で、境界線の一つに、「再生」という意識があるような気がします。

 

 youtubeのコンテンツに「移住・古民家DIY」があります。

 仕事しながら流し見することが多いです。問題は、なぜこのコンテンツに心惹かれるのかです。 

 古民家DIY系は、大きく「DIYそのものがテーマ」「ここで暮らすためにDIYを進めている」の二つがあります。

 移住系も「お仕事・収入などがある程度安定したので、都会ではない場所で暮らしたい」「いろいろなものを失ってたどり着いた」の2つにわかれます。

 

 私が心惹かれるのは、「暮らすためのDIY」「たどり着いた系移住」です。

 これまでの人生をリセットして、自身の再生を模索する。リセット…と言っても、自分の意思ではなく居場所を奪われる・喪失する・限界をこえるなど、「そこにいることができなくなる」という追い込まれた状況から、「本意ではないリセット」を強いられることもあります。

 そういう状況になって途方に暮れて、でもどこからか手を差し伸べてくれる人がいて、何とか雨露しのげる場を見つけて、新たな人生が始まるという物語。

 

 ひょっとすると、早期退職にも「早期退職することが目的」「いろいろなもの失って早期退職」の二つがあるのかもしれません。

 私は、後者に近いかもです。

 一応、40歳頃から早期退職を想定して準備はしていました。また、公務員から民間への転職は、家族の介護という難しい状況もありました。ただ、そこで転職したのは、収入は下がっても、介護と仕事とを両立しようとしたからです。60歳まで働いてみたい、現場でお仕事しながら専門性を高めたいという気持ちもありました。

 公務員の時、介護のための配慮はできないとされ、転職した民間では、人間関係でしんどい思いをしました。いずれも「限界」を感じ、資金的にはギリギリであった早期退職を決断しました。

 

 早期退職後、しんどい期間もありましたが、今は「あの時早期退職してよかった」と思えるようになっています。それは、「過去の職場・人間関係」に依存することなく暮らせているから。つまり、現役時代の延長線上ではなく、自己の専門性を活かした新たな暮らしになっているからのようです。

 私の早期退職生活は、「過去の再生産」ではなく、「再生」に進みつつあるようです。そういう実感を持てるようになってきました。

 今年前半戦のスランプは、再生に舵を切るための移行期間だったのかもしれません。

 

 過去への依存を卒業して、新しい人生にと思います。

 12月は、そんなことを考えながらスタートします。

早期退職してよかったという人に共通する3つの要素

 

 今日で11月が終わり、今年も残り1か月となります。

 最近は、いろいろ落ち着いてしまって、気持ちも暮らしも穏やかになって、自分でもどうしたのかと思います。「早期退職生活の安定期」に入ったのかもしれません。

 

 で、「早期退職してよかった系」の記事に共通する要素が3つあります。

 1 断捨離

 2 投資

 3 自宅購入、もしくは住み替え

 

 で、これ私の暮らしと一致するんですね。

 早期退職時は賃貸暮らしでした、

 早期退職した年の秋頃から物件探しを始め、現在の住まいに引っ越したのは翌年5月。この引っ越しで、断捨離が完成形に近づきました。また、新しい住まいは50㎡ほどのコンパクトなもの。老後を過ごすには狭すぎず広すぎずで、断捨離の維持にもなっています。

 引っ越したころ、ネット銀行に口座を開き、人生初の投資を始めました。

 円安の恩恵で少し利益が出て、NISAの積み立ても進んでいます。

 つまり、「住み替え・断捨離・投資」が進んでいるわけで、それがだいたい形になって、暮らしが安定してきたということのようです。

 

 もし、「早期退職してよかった4つ目の要素」をあげるとすると、私の場合は、「リモートワーク」になります。

 やはり、「PC1台」があればどこでもできるお仕事というのは、ありがたいです。

 住み替えで松本に移住しましたが、松本で働く…となると、なかなか難しいと思います。年も取っていますしね。そんな時、東京で得たお仕事を自宅で受けるという流れをつかめたのはよかったです。

 

 今後、早期退職をお考えの方、または早期退職したけど何か落ち着かないという方、「住み替え・断捨離・投資」をご検討ください。

 焦らず時間をかけて、いろいろ学びながら進めればよいと思います。

 その先、穏やかな暮らしが待っています。

 

下の世代に負債を残さない

 

 大学の時、他大学との合同ゼミがありました。

 学会だと、教授や研究者がいらっしゃいまして、学生が自由に発言するのは少し難しい空気感がありました。そこで、学部・大学院の学生主催で、学生だけで議論・研究しましょうという会です。会場は「青年の家」。そこで3泊くらいして、分科会・全体会を行います。

 私は、3年生の時初めて参加しました。

 合同ゼミで、3年生は「下級生」です。一番上は「大学院生」

 で、参加前に、同じ大学から参加する上級生(ゼミの先輩)から指南を受けたことがあります。それは「自己紹介・一芸披露」

 私の大学は上下関係がゆる~いのです。そもそも教授が「朝ドラを見てから家を出るので、一限の授業は20分遅れ」ですし、「授業なんか出てないで、図書館で本を読んでいなさい」という空気感。もちろん、飲み会とかで「ただしいお酌の作法」などは学びますが、ま、普通です。

 一方で、上下関係が厳しい大学もあります。ゼミなのに、体育会系運動部みたいなところもあるんです。で、合同ゼミでは、そういうところが主導権を持ちます。

 食事では、下級生(3年生約20名)が、参加者(100名以上います)全員の配膳をする、ベッドメイキングもする(青年の家なので)。分科会の会場準備などもですね。

 で、疲れ切って風呂に行くと、先輩のお背中をお流ししている他大学の同級生がいました。背中を流し終わると、頭から冷水を浴びせられ(それが先輩からの御礼だそうです)、ありがとうございました! と叫んでいました。

 

 ただ、合同ゼミ自体は充実していました。やはり学生同士なので「研究・取材の進め方、どこに資料があるか、誰が詳しいか、行き詰ったらどうするか」などの情報交換(愚痴も含む)が自由にでき、それぞれが持参した紀要・論文などを交換して夜読んでメモを取ったりしていました。

 そんなことをしていると、風呂で先輩の背中を流していた他大学の同級生が、「先輩が呼んでいる」と私に声をかけてきました。「夜の呼び出し」ですね。ただ、私を呼んでいる先輩(他大学)というのは、分科会でも一緒でしたから、念のため今日の資料やメモも持参しておきました。

 部屋の前で、大学名・氏名を叫んで入室許可を得ます。部屋に入ると座布団があって、「座れ」と言われます。ここで座布団に座ってはいけないんですね。座布団を外して正座し、ご挨拶をします。ええと、深夜2時でございます。

 

 そこからいろいろな質問を受けるのですが、要するに個人情報を根ほり葉ほりです。

 で、分科会の時の私の態度があまりよくないというご指導を受けます。下級生が上級生に質問をするのは失礼なのだそうです。全体的に生意気な感じだそうです。で、お詫びにここで「一芸を披露せよ」だそうです。たぶん、先輩は「宴会芸的なもの」をご期待していらしたと思います。でも、私が持っていた「芸」は、フルート演奏でございまして、そこで楽器を組み立てバッハを演奏させていただきました。

 こういう「昭和の体育会系作法」は、社会人になってから「夜の接待」などで非常に役に立ちました(笑)。何事も経験ですね。

 

 この合同ゼミ、翌年も参加しました。4年生で大学院への進学も決まっていた私は、他の大学の同級生とも相談し「自分のことは自分でする」ようにしました。要するには、「自分でトレーを持って並ぶ」「自分のベッドは自分で作る」です。ただ、上下関係が厳しい大学からの参加者は、「自分の大学の先輩の食事は配膳する・ベッドを作る」はしていました。そうじゃないと…ですから。

 大学院に進んだ頃、体育会系作法はなくなっていました。自然消滅ですね。

 そういう上級生が卒業したということ、その作法を下級生は受け継がなったということです。そして、討論は熱を帯び、夜は大学の枠をこえた交流が進んだと思います。

 実際、この頃の参加者から論文数が増え、のち教授・研究者に進むものが増えました。私は、結局研究に挫折して民間に就職してしまいましたが…(申し訳ない)。

 

 「下の世代に負債を残さない」という発想はいつ身に付いたのだろう…と思ったのですが、たぶん、大学~大学院時代ですね。上下関係や礼儀作法を否定するつもりはありません。それが、「人間関係や研究の潤滑油」になっていればよいと思えます。

 ただ、それが「人間関係や学問の発展を阻害する状況」があった場合は、「行き過ぎた作法・悪しき伝統」と考えるようになりました。

 これが「新人類」と言われた所以でしょうか。

 ただ、上の世代からの風当たりは強く、「質問をするな」「生意気だ」とよく言われました。これは、私の身の不徳といたすところですね。

 そして、私は早期退職×現役引退しました。ただ、私より上の世代の方々には、まだ現役の方も少なくありません。先日、某県の議員さんがハラスメントで問題になっている記事をネットで見ました。その昔、ある方の前でフルートを演奏したことがありますが、その方と同姓同名だったのは偶然と思いたい今日この頃です。

 

早期退職3年8か月目の振り返り

 

 久しくサボっておりました、振り返りシリーズ。

 今月は、地方巡業が2回ありました。外でおいしいものを食べる機会もありました。

 お仕事も多めで、「早期退職らしくない日々」だったと思います。

 一方で、やっと「心身も暮らしも落ち着いてきた」という実感もあります。

 

散歩の習慣

 夏ごろから、毎日歩くようになりました。

 夏は、暑い時間を避けて早朝に「ウォーキング」。この頃は「健康のために、痩せるために」という意識が強く、速足で大量の汗をかきながらでした。実際、Tシャツが重くなるほど汗をかき、至る所が筋肉痛になり、それを乗り越えて頑張り続けるという感じ。

 これで「目覚める~歩く~長風呂~コーヒー~原稿書き」という朝のルーティンが確立しました。成果はスランプ脱出。

 原稿が書けるようになる、太らなくなる(痩せはしないのですが)、長時間歩けるようになる…というわけで、〆切前に原稿を完成できるようになり、そのことで時間と心とに余裕が生まれました。また、体力・脚力に自信が生まれたことで、上高地周辺をのんびり散策できたのも大きかったです。

 

冬の備え

 松本のよいところは「四季の変化の大きさ、美しさ」。

 問題は「気温-10℃」に達する冬の備え…。

 冬を2回過ごして、床の断熱・窓のリフォーム・防寒着の購入を進めてきました。少しずつ、「どうすれば冬を快適に過ごせるか」がわかってきて、「快適×節約」の接点も見えてきました。

 そんなわけで、今年は「防寒のための臨時出費」がありません。何をどうすれば節約になるかもわかってきたので、気持ちも財布も落ち着いています。

 

早期退職資金の状況

 諸物価高騰の影響はじわっとあります。お仕事が軌道に乗ってから「早期退職資金の切り崩しなし」で暮らせていましたが、さすがに少しずつ切り崩しが始まっています。

 お仕事が順調なのはありがたいのですが、来年度は納税額もあがりそう。社会保険料から固定資産税・自動車税~車検まで入れると60万円くらいと試算しています。

 「納税費用は早期退職資金から」「日常の生活費はお仕事で」というのが来年以降の暮らしの心づもり。

 いつまでお仕事が続くかわかりませんが、このペースで65歳(年金受給年齢)まで過ごした場合、早期退職資金は400~500万円くらい切り崩すことになります。大枠は、65歳までを1,000万円以内でしたから、その範囲内には収まりそう。もし収まらない場合は、自家用車を手放すという想定をしています。

 

 55歳で早期退職した時、65歳の年金受給年齢までをどう過ごすかというのが最大の不安でした。10年無収入というのはやはり不安で、60歳からの受給も想定していました。

 ただ、「お仕事×生活サイズの縮小」で、65歳までの暮らしの経済的不安はかなり減りました。めどが立ったというべきでしょう。

 というわけで、お仕事に戻ります。

 今日も一日、よい日でありますように…。

学問の自由の大切さ(学習支援ボランティアのことなど)

 

 週刊誌やビジネス系の雑誌によくあるのは、「東大合格者ランキング(高校)」とか、「大手企業への就職率ランキング(大学)」とか…。確かに、進学の目的に「就職するため」があることは否定できません。いわゆる「よい学校~よい就職~安定した生活」というヤツですね。

 社会人となって「高卒」という学歴で苦しんだ方が、「子供は大学に…」という思いを抱くケースは、私の周囲には多かったです。確かに、公務員になってみると、高卒より仕事のできない人(私)でも、大卒だから役職が上ということはありました。

 民間時代の私の上司は、後その会社の副社長になりましたが、上司自身は高卒入社。ただ、あまりに仕事ができるので、会社でお金を出して大学に通わせたという伝説の人。これをきっかけに、社員の「有給休職×国内外への留学」という制度ができました。

 

 学習支援ボランティアをしているので、高校生のお話を聞く機会があるのですが…、その高校は結構な進学校なのですが、家庭から大学進学に反対されている、経済的支援はしないと言われているという生徒さんは少なくありません。

 そこにあるのは、「高校を卒業したら働け」という価値観。

 この価値観に否定的な考えは持っていません、念のため。

 ただ、「成績の良い子供が大学に進むと、地元に戻ってこなくなる。だから、勉強なんかしなくていいし、できなくてよい。地元に残って、地元で働くのが正しいのだ」という意見は、「もっと勉強したい、大学に進みたいという高校生の未来」を阻害するのではないか…と感じています。令和になって「祖父母が大学進学に反対する」もないと思うのですが…あるんですね。

 

 そういう生徒さんは、「大学に行かないといけない理由」を作らないといけません。

 となると「先生、保育士・幼稚園教諭、医療従事者」に限定されてきます。志望先に「教育大・幼児教育学部看護学部」などを記入している場合、この可能性が高い。

 あるいは、将来の職業希望に「市役所」と記入している場合も。これ「公務員」でないところがミソ。「市役所」なんですね。それだと大学進学の「許可」が出るそうです…。

 

 一方で、お仕事では「都内の中高一貫私立学校」を担当しています。

 こちらは大学に進むことが前提という価値観。

 探究学習のテーマには、「世界の貧困の解消」「過疎地に医療を届けるには」「環境問題への取り組み」など、社会課題を取り上げたものが多いです。また、「哲学・芸術

・建築」「数学・化学・物理」など学問上の課題に取り組むものも多いです。

 「学問の自由」が保証されているんですね。

 「大学に行く許可を得る必要」はありませんから…。

 

 でもですね、たとえば「人口減少×過疎化」が進む市町村の役場に、「親を説得するために、就職でつぶしがきく法律・経済・経営系の学部を選んだ人」「安定しているから公務員になったという人」ばかりが集まったら、どうなるんでしょうね。

 「大学で建築や街づくりを専攻した人」もいた方がよいと思うのです。でも、「大学で街づくりを勉強したい」では、大学進学の許可を得られない…という高校生もいるんです。

 

 このような話は、身近な人にしにくいようで、外部の支援員である私に話してくれる高校生さんがいます。でも、つっこんだアドバイスをすることは立場上できません。

 難しいですね。

 今後も、学問の自由、若者の未来を守ることを意識してお仕事に取り組もうと、改めて思い直した週末でした。はい。 

散歩しか外出しない日常でも、日々いろいろなことがあるのが早期退職生活?

 

 散歩や買い物くらいには出かけますが、1日20時間以上部屋にこもる生活です。それでも、日々いろんなことがあります。

 

 少し前、来月のクレジットカード引き落とし額を確認すると、約15万円でした。

 これは、早期退職1年目賃貸時代と変わりません。松本移住後では最大金額になるわけで、さすがに驚いて内容を確認しました。

 すると、九州・東北を巡った時の経費(ホテル代・ガソリン代・高速代)などが、全部含まれていました。すべて「12月支払い」の期間内だったということ。

 15万円の内訳はこんな感じになります。

 ・5万円 NISAへ

 ・2.5万円 通常の生活費(水道光熱費・食費など)

 ・7.5万円 九州・東北の経費

 ちなみに、マンションの管理費・修繕積立や駐車場代は、「銀行引き落とし」です。

 これもカードにしてポイントが付けばよいのでしょうけど、いろいろあるんですね。

 

 これも少し前ですが、近所のお店で1,000円分の買い物をしました。

 いつものようにpaypayで支払おうとすると、「現金なら1,000円、paypayなら1,100円になります」とのこと。諸物価高騰の中、価格据え置きを続けてくれている店主さんで、いつも贔屓にしています。伝わるのは「手数料負担」が利益を損なう状況まできているということ…。

 お店としてはどちらがいいですかと問うと、「現金だとありがたい」とのこと。

 以降、そちらでは現金支払いにしています。

 こういう会話をしならがら買い物ができるのが松本のよいところですね。

 

 新宿中村屋の創業者「相馬愛蔵」は、松本市のお隣「安曇野市」の出身。

 彼は、「お店とお客は対等である」という考えを持っていました。

 ただ、その頃は「お店が売ってやる」という態度が強かった時代かもしれません。

 現在は、「お客様は神様」という時代。でも、松本で暮らして感じるのは、「お店とお客は対等だよ」という精神。「お客様は神様的価値観」からすると、「対等」だとサービスが悪いとか、偉そうという受け取りになるでしょう。

 でも、そうではないんですね。対等という意識から協働や持続性が生まれることを実感しています。観光や移住で松本にお越しの方は、「対等」という言葉を意識の片隅に置いとくとよいかもしれません。そうすると、いろいろわかってくることがあると思います。

 

 さて、今日は日曜日ですが、明日提出の原稿の仕上げをします。

 〆切よりも少し早いのですが、明日提出して「冬休み」を作ります。

早期退職×生活サイズを小さくすることで穏やかになる

      先日の白馬村Googleによる自動補正がされたもの)

 

 早期退職して4度目の冬になります。

 やっと新しい生活に慣れてきたというか、これが日常になった感じです。

 大きいのは、確定申告・納税に慣れてきたことですね。

 収入に対し、年金・税金・健康保険などの額がだいたい予想できるようになりました。確定申告の手続きにもなれてきました。マイナンバーカードを持っているので、大概のことはネットかコンビニで済みます。役所に行ったのは、転入届とリフォーム補助金の申請くらいですね。

 

 あとは、どこにお金を使うか。

 結局、PC周りの充実が一番効果が高いです。

 在宅ワーク・原稿書きというお仕事もそうですし、誰かと会う・話す・打ち合わせをするのもネット経由。つまり、画面と音声は、質が高い方がストレスが少ない。

 しかも、ここが私と社会との接点でもあるので、変にケチらない方がよい。

 

 あとは主夫の知恵ですね。

 自分のことは自分でするのが、一番自由です。

 食事も掃除も洗濯も。

 掃除については、youtubeの「お掃除動画」を参考にしています。どの洗剤をどこに使うと効果的かを知ったのはここ。おかげで、手をかけず・安く・きれいにが継続できています。

 

 早期退職してしばらくは、出費が大きくて不安になることが多いです。

 原因は大きく二つで、「納税」と「浪費」。

 これらは、「生活サイズ」を小さくしていくことで解消していきます。

 不安が解消すれば、心も穏やかになるわけで、やっとそういう良い循環が生まれつつあるのかもしれません。

 

 そもそも「出家」というのは、「生活サイズを小さくすること」ですよね。

 地位や財産を捨てる=生活サイズが小さくなる=心が穏やかになるというかもしれません。そんなことを思う今日この頃です。