早期退職生活2年目の12月です。
12/24〆切のお仕事が終われば、年内業務は終了です。
◆早期退職2年目は、幸運に恵まれました
1月からお仕事をいただけるようになりました。
4月、現在のマンションの契約、リフォーム
5月、松本移住
8月、上高地訪問
9月、ワクチン接種
12月、京都でワーケーション
感染症の拡大期にもかかわらず、とても恵まれた一年だったと思います。
ありがたいです。
◆世の中は明るいニュースばかりではない
政府は、定年延長を方針としています。
一方で、企業は「バブル時代の大量採用社員」を切ろうとしています。
そんな中で、早々にリタイアし、細々とですがリモートでできるお仕事をいただき、京都に行く…という生活をしていると、多少の罪悪感が湧きます。
そんな中、移住と同時にTVのない暮らしを選択し、俗世間とは距離を置きました。
これは、吉田兼好や鴨長明から学んだこと。いわゆる「隠遁生活」が、早期退職生活の心理で重要なんです。俗世間から離れることは、過去を断ち切り、罪悪感から解放されるために必要なんですね。
◆負の情報、負の状況、負の心理に引きずられないことが大切
公務員の時は、公務員というだけでいろいろ言われました。
そんな暮らしが長くなると、公務員という仕事に誇りや自信が持てなくなるんです。特に給与・待遇面でボロボロに言われるんです。その多くは、誤解に基づくものなのですが、反論はできません。
俯瞰的に見れば、その人が抱いている怒り、恨みなどをぶつける対象が、たまたま公務員だったということです。そして、公務員にとって市民の感情を受け取ることは、「公務」なのです。こちらから電話を切ること、窓口での会話を終わらせることはできないんですね。
お仕事というものは、人の善意と好意とで支えられています。「仕事(義務・責任・給与)」+「善意(+α・サービス)」が、良い街づくり、人々の幸福につながれば、それはやりがい、生き甲斐になります。これは、民間も公務員も共通です。
しかし、善意が、人の悪意・怒り・誤解・恨みを受け止めることで消費されるのは、結構しんどいです。そんな暮らしが長かったためか、自分が幸福になる、嬉しくなることは、私にとって「いけないこと」という価値観が育っていました。
つまり、公務員である自分が幸福になることは、世間が許さない。私が不幸であれば不幸であるほど、人々は満足するのだ…。そうやって自分を無意識に追い詰めていました。
◆今の暮らしは、とても静かです
早期退職して社会に役に立たない存在になったのですから、自分の幸福は、自分で導いていいんじゃないですかね(笑)。
逆説ですが、早期退職者が不幸になると、公的支援のお世話になる可能性が高くなります。もちろん、それは「人権・権利」ですから、遠慮なく行使してよいのです。ただ、自分が幸福であれば、公的支援のお世話になる必要はありません。つまり、幸福でいることが、社会のためなのです。
そういう意味でも、「静かな暮らし」を守っていきたいですね。
幸い、給与・待遇面で批難される立場ではなくなりましたし…
あとは、必要以上の罪悪感から解放される日を待つのみと思う今日この頃です。