
早朝に目覚めてしまい、二度寝を諦めました。
もう少し暖かければ、このまま朝散歩なのですが、松本の朝はまだ寒い。
とりあえずコーヒーを淹れて、ボーっとしております。
もうちょっと目が覚めたら、お仕事にかかろうかと。
沖縄で不幸な事故がありました。
ご遺族の手記を拝読させていただきましたが、言葉にならないというのが正直なところです。そして、あまりよい表現ではないですが、民事で学校・旅行業者・船の所有団体が勝てる要素はほぼないという印象も受けました。
気になったのは、今になって船の所有団体(以下、団体)が「謝罪の意向」を示したことですね。学校とご遺族に謝罪したいそうです。
これですが、学校とご遺族が謝罪を受け容れなくとも、団体が謝罪の意向を示したということが裁判では「反省している」という評価になり、賠償金の減額などの根拠になる可能性があります。
団体の謝罪の意向には、そういう利己的な判断を感じてしまいます。
また、おそらくですが、団体は学校との連絡窓口を失ったのでしょう(窓口だった牧師さんは事故で亡くなっていますから)。そこで、謝罪表明~マスコミ発表という手段を使ってメッセージを送り、チャンネルを作ろうとしている印象です。
一方で、学校の方はさすがだなと思います。
少なくとも「学校が知らない情報の流出」はない。ガバナンスが効いていますね。
対外的には「第三者委員会の設置」を公表していますが、これは個人的な推測であり、かつ一般論ですが、法人で内部調査を進めているはずです。おそらくですが、たとえば辺野古見学を例にすると、亡くなった牧師さんと最初にコンタクトを取ったのは誰がいつから始まり、学校に招いた人、その時の話の内容、見学ツアーができた経緯など、すでに完全につかんでいるはずです。
公立のような異動がない私立学校ですから、長くいる先生はすべて知っているでしょうし、礼拝や修学旅行の記録はすべて残っているはずです。内部調査はそれほど難しいことはない。
情報漏洩防止は黙らせることではない、しゃべらせることだとよく言われました。
情報の流出がないということは、内部でしゃべらせているからでしょう。
自分が長いこと生きてきたんだな…と実感するのは、このような事件があった時、そこに知人がいることが増えてきたこと。今回も、教育×沖縄がセットになっていることもあり、それぞれに知り合いがいます。それこそチャンネルになりそうな…(もちろん、何もしませんけど)。
少し前も、登場人物(被害者も加害者も)全員知り合いということがあって、なかなか気分が落ち込みました。
現役を引退したら知り合いのいない田舎に引っ込んで、人間関係も断捨離して、「あの人は今どこに」という暮らしをする人は、平安時代からいました。
それは、長く生きること×人間関係が広く・濃くなってしまうことが、精神的な負担になってしまうことがあるからかもですね。平安時代の宮中・お寺とか、それはそれは濃かったでしょう。
というわけで、今日も血糖値に気をつけて、お仕事に集中しようと思います。
身体も頭も目覚めてきました。
では、今日も一日、頑張りましょう。