
早期退職してよかったというか、早期退職に向いていたのだな…としみじみ思います、結果論ではなく。
若い頃、休憩室で将棋とか碁を打っている先輩たちがいました。
年齢を経て役職が上がっていくと、責任は重くなりますが、実務の量は減っていたようです。というか、雑務・実務が若手のお仕事でした。そんなわけで、勤務時間中でもうつらうつらしていたり、長~い煙草休憩をしていたり、午前中ず~~~っと新聞を読んでいるとか、夕方になると碁石の音が響くという…。
ただ、当時の仕事スタイルは、喫煙室に集まって情報交換をする、新聞から情報を得る、他課の役職者と将棋をしながら交渉するというもので、遊んでいるようでそれが仕事だったのですね。要するに「判断~後始末」が役職者の仕事だった時代です。
私もそうなるのかな…と思っていたのですが、私の下は就職氷河期で採用人数が少ない。結果、40代になっても「若手・パシリ」のまま。年齢を経て役職が上がっていくと、雑務も実務も増える。なぜか責任まで取らされて消えていく同期もいる。
ま、役職者が一番働くというのはわかるのですが、その実態は「パシリ兼課長」。
というわけで、年を取っても仕事量が減らない。
40歳を過ぎても、高校生の時の運動量を求められるような感じ。
もちろん、仕事量が増えて、さらにバリバリになる同僚もいます。
でも、私はダメ。多分40代後半がピークで、その後の情報処理量×体力は低下するのみ。で、その頃沖縄勤務があり、結構な頻度で那覇~羽田を往復するようになったのも、(楽しかったのですが)体力的には削られたのかもしれません。
となると、私の早期退職は必然であったと思います。
やはり、ピークを過ぎたら業務量・荷物量・情報量を減らしていかないと、しんどいですね。で、私の場合は、それが現役時代×40代後半に来たということ。家族の介護なども重なり、オーバーヒートしたのでしょう。
そういう意味で、転職して非正規雇用~早期退職という選択は間違っていなかったと思います。
幸い、現在の原稿書き×リモートワークには上司も部下もいません、組織のための仕事も調整も不要。求められるのは、質の高い原稿を書くこと。つまり、体力×能力×情報処理力に見合った暮らしになっている、そういうことが幸福を感じさせてくれるようです。早期退職に向いているのですね。仕事辞めてヒマであることが喜びですから。
そんなことをふと思う日曜日。
代打案件はほぼ完成し、このあと見直しして提出予定です。