
近所の公園の紅葉
はてなブログの一部画面が読み込めないという問題は解決していません。
ただ、別ルートから入ると更新はできることがわかりました。
というわけで、お仕事の合間、気分転換として。
学習支援で高校生とお話をする機会をいただいています。今年の高校3年生には昨年からのお付き合いになる生徒さんもいます。ある程度心を許してくれているようで、願書提出日×受験日が近づくにつれて「雑談」となってしまうことがあり、ちょっと反省もしています。
その中に「昔の人はいいですよね。バブル世代とか公務員って恵まれていたのですか」という、ドジャース佐々木投手並みの剛速球を投げ込んでくる人もいます。
これはですね…、何とも言えないですね。
ただ、昔より今の方がよいことも多いです。
たとえば、高校生のいう「昔」に早期退職していれば、今頃ホームレスになっていた可能性が高いです。その頃、テレワーク・在宅ワーク・原稿書きというお仕事はなかったでしょう。その原稿書きにしても、ネット×図書館のハイブリッドで書き進めることができるのは「今」だから。AIの活用で効率よく原稿が書けたり、個人営業の事務作業が簡単になったのも「今」だから。それをいえば地方移住できたのも「今」だからですね。
昔の価値観のまま「今」を生きようとすると、それはしんどいといえます。
都内の大学に通うためにかかる費用は「学費・家賃」の点で不利です。
ただ、そこで学べる内容は、今の方が質・量ともに圧倒的に高いです。
それは、学問の進歩もありますし、先生方のレベルの向上もあります。ポストが少ない・空かないという事情から、地方の国立大・私大にとんでもなく優秀な先生がいたりもします。私自身、この3月まで大学生でしたが、いやいやとんでもなくよい勉強ができました。今の若い人がうらやましいと感じましたですよ。
昔の方がよかったこともありますが、今の良さを見つけて活かすこと、自分の暮らしに取り込む発想が大切なんだろうな…とか思います。
個人的には、まぁ無我夢中だった20代前半までは別として、それ以降はずーーーっと言葉にならない違和感を抱えながらの人生でした。それが転職や早期退職の要因だったと気づいたのは最近。
となると、剛速球を投げ込んでくる高校生も、生きづらさや違和感を抱えているという可能性が高い。それは、受験に対するストレスではなく、もっと本質的な悩みと言えるでしょう。受験という大きなプレッシャーによって繊細さを増した気持ちによって、今まで言語化されなかった違和感が言語化できるようになったのかも…という仮説をもって話を聞いてみると、ま、そういうことに近いケースもあります。
そこから振り返ると、今の私の暮らしは、よく言えば「小欲×節約」、その実態は「ケチ×ビンボー」。
ただ、PCとネットがあれば学びでも稼ぎでも自分のペースで進めることができる。投資に無知でもNISAがあり、青色申告は会計ソフトがやってくれる。東京に住まなくても東京で稼げて、AIとの対話で思考の拡張もできる。
そういう世界に乗っかってしまえば、昔を懐かしむことは心情的にはあっても、戻りたくはない。ビンボーでも文化的で幸福度の高い暮らしが可能。
なるほど、これが私の現在位置のようですね。
電気水道ガスに加え、ネット×PC×AIというインフラを維持できれば、それなりに自由で幸福な暮らしが送れるようです。なるほど…。
昔の方がよかったこともたくさんあります。
でも、今の私にとっては、今の時代の方がよい。昔より今の方が絶対よい。
そんな自分に気づいたところで仕事に戻ります。