55歳で退職したおじさんのブログ

投資・副業・役職経験のない平凡なサラリーマンでした。贅沢しなければ辞めても暮らせる程度に貯まったので早期退職。「健康で文化的なビンボー生活」を楽しみつつ、旅行、沖縄、小説、アーリーリタイア、健康、メンタルヘルス、シニア、ライフスタイル、不動産購入、ブログ、日々の暮らしなど記していきます。

日々雑感(手放す、手放す、手放す)

 

 水泳の授業を辞めた学校の記事を見ました。

 いろいろな背景があると思いますが、要するに「生徒さんからの要望」が主訴とされていました。プール管理の大変さ、事故のリスク、老朽化などもふくめ経営的な視点で考えれば「学校の水泳の授業をすることの効果が期待できない」と言えるでしょう。

 水泳の授業をすることになったきっかけは(いろいろあると思いますが)、1950年代にあった水難事故で多くの学生さんが亡くなったことと言われています。泳げない生徒さんが亡くなられたのですね。そこで、「学校で泳ぎ方を教えてほしい」という要望が生まれ現在に至ります。

 ちなみにですが、学習指導要領に沿って言えば「体育の授業は必修」ですが、その中で水泳という種目は学校が選択できるものという位置づけです。「あの学校は水泳の授業をしていないけどルール違反ではないのか」と問い合わせの答えは「問題ない」になります。

 

 で、個人的には「水泳の授業辞めてもよい派」です。

 今まで、何でもかんでも学校に頼ってきた、押し付けてきた、やらせてきたのが日本社会の現実です。そういう中で「生徒が望むなら、保護者も賛成しているなら、水泳の授業がなくなることでプール管理にかかる先生方の膨大な労力・自治体予算・事故リスクがなくなるなら辞めましょう」でよいというのが個人的理由。

 これを機に、「学校でお願いします」と言って押し付けていたことをもっと辞めてもよい、辞めた方がよいと思います。

 

 その昔、「学校で水泳を教えなかったことで生徒が水難事故にあって命を落としたら責任をとれるのか」と某地方の県議に言われたことがあります。返答は簡単で、学校管理下に置ける事故ならば責任がありますが、それ以外の場面であれば学校に責任はありません。我が子が泳げないならば、家族が教えるか、水に近寄らない暮らしをすればよいだけ。

 

 さらに言えば、私は校則とか制服もなくてよいが個人的本音です。

 「茶髪にピアスで就職試験を受けに行って落ちたらどうする」という問いに対する返答も簡単。茶髪にピアスを不採用の理由にする企業・職種があるのは事実です。ただ、それが不採用の理由になるとわかって受けたなら、それは本人の選択の結果でしょう。  

 高校生の就職指導の場合、ハローワーク経由で来る求人票に「求める人物像」が明記されていますし、教員と企業の採用担当者がそのことを確認して生徒に伝えることもしているはずです。また、夏休みなどを利用して「企業訪問」も行います。つまり「事前に情報を得る機会がある」のです。それを怠ったことを学校のせいにしても…ですね。

 ちなみに、上記は教育委員会時代本当にあったクレーム。でその生徒さんは第一希望の企業を落ちやのですが、その理由の一つが面接時の服装(茶髪・ピアス・ネイル)だったそうです。聞くと、接客業なので化粧や染髪などは許容していたそうですが、やはりお客様に不快感を与える、清潔感に欠けるのはダメが企業内の内規で、それは採用時も同様だとか。

 その情報は、三者面談で伝えられている、受験前に企業訪問もしている、それでも…だったそうです。ところで…その学校は就職中心の実業高校で服装などに関するルールは厳しめ。それに母子で反抗・抵抗し続けたあげく「茶髪にピアスで就職試験に落ちた。学校の指導が足りないせいだ」が現場の現実。

 そういう案件を知るにつけ、学校の業務を減らしていくことが学校を守ることと思うようになりました。

 

 これは早期退職生活も同じ。

 規則正しい生活をしようとか、そういう「なくてもよいルール」を手放すことが大事。仕事を辞めるってことの最大の幸福は「出勤時間などを起点とする、強制的に課せられる規則正しい生活からの解放」ではないですか笑。

 食事も3回である必要はないです。一日1食でも6食でもよいではないですか。

 ぐうたら×だらしない生活でもよいです。ただ清潔は意識しましょう。

 ブラック校則という言葉がありますが、昭和世代はブラック生活を無意識に自分に課しがちです。それを手放した時、論語にある「何をしてもルールを超えることがない暮らし」が実現できるのではと思う今日この頃です。