
昨年2月上旬の松本
昨冬は数度積雪がありました。しかし、今年はほぼなし。
雪が降った日はありますが、道路は見えていました。その分、富山がすごいことになっているようです。
我が家の親戚筋は中学から私立が多いです。
と言っても、その親戚の子供たちも今は大人になっています。つまり、現在の都内のように過熱気味な状況だとか、教育熱心とか経済的に豊かとか、そういうことで中学から私立に進んだわけではありません。
親戚の子供たちで最初に私立に進んだ一家にはこんなことがありました。
(その一家をAさんとします)
Aさんが暮らしている地域で、少し大きな災害がありました。
家を失った人のために仮設住宅や、後に復興住宅ができるレベルです。
Aさんの家はリフォームする程度で済みましたが、ご近所には全壊~仮設に移動した人も多いです。その後、自力再建して元の場所で生活を再開したり、復興住宅に住まいを移したりして復興が進んでいきました。
さて、仮設住宅は仮設ですから、そこで暮らす人がいなくなれば撤去するものです。
ところが、その自治体はどういう手続きをしたのか、仮設住宅をそのまま維持したのです。そこには、外国人が入居しました。彼らは自治体内にある工場などで働き始めます。年齢は全体的に若く、一緒にやってきた子供たちは学区内の小学校に入ってきます。親は一応英語を話します。ただ、親同士・家族内では英語以外の言葉でコミュニケーションを取っています。
さて、そこで小学校の先生たちの奮闘が始まります。
授業の際、言葉が通じない子供たちへの対応に時間がかかるようになります。掃除や給食でも同じ。保護者への連絡では英語版のプリントを作らないといけない。今のような自動翻訳はなく、小学校に英語の先生はいません。
やがて、授業が進まなくなります。先生たちは一生懸命で、生徒さんも言葉の壁を越えてフォローしています。みんな善意で頑張っているのですが、それでも授業は進まない。そうなると深い内容まで掘り下げる授業もできなくなっていきました。気が付くと、クラスの半分近くが外国人になっていました。1年経てば子供たちは日本語を覚え、コミュニケーションの問題は解決していきますが、教科書を読むとなるとまだまだ大変です。
というわけで、Aさんは塾に通うようになりました。
週2回の通塾ですが、数学の進度は学校より早く深い。気づいたのは、中学でも同じことが起きる可能性です。外国人の同級生も、中学まで進む頃になれば日本語も上達し、文字の読み書きも問題ないレベルになると考えられます。数学のテストで日本人よりも点数を取る子供もいます。でも…ですね。
先生方の苦労・疲労度を見た時、授業の質に影響することは容易に予想できました。
念のため、これは先生批判・学校批判ではありません。
先生方が、一生懸命対応してくれているから安心して学校に通わせることができているのです。でも、そういう先生方ほど疲弊し、異動していくのです。
この段階で、Aさんは中学受験を決めました。
地方都市ですから、みんなと地元の公立に行くことに疑問を感じたことはなかったのです。でも、大学進学という未来を考えた時、リスクが高いと考えました。結果、中高一貫の私立に進み、大学は頑張って国立に進みました。
以降、親戚が集まると子供たちもAさんの話を聞き、私立中学という選択肢を知るようになる、考えるようになりました(娘もその一人です)。
公立がダメ、私立が良いという話ではないです、念のため。
同じメンバーで中学に進むことがよいケースもありますし、中学進学を機に何かをリセットする方がよいケースもあります。
Aさんの場合は、自治体の施策が背景にあると言えるでしょう。
施策として移民を受け入れるならば、社会の仕組みの裾野まで意識して、いろいろなことを整備する必要があるということです。その対応を怠ったツケを市民に被せてはいけないわけで、もしAさん一家が暮らす自治体がそういう施策をしなければ…。
その結果、公教育を見捨てる人がいるってことです。これ公務員になってから調査してレポートにしましたが、直後に転勤になったのはなぜだろう…。
というわけで、仕事に戻ります。