55歳で退職したおじさんのブログ

投資・副業・役職経験のない平凡なサラリーマンでした。贅沢しなければ辞めても暮らせる程度に貯まったので早期退職。「健康で文化的なビンボー生活」を楽しみつつ、旅行、沖縄、小説、アーリーリタイア、健康、メンタルヘルス、シニア、ライフスタイル、不動産購入、ブログ、日々の暮らしなど記していきます。

松本市移住の心境

 土曜日の朝は静かです。

 近くの川の流れる音が聞こえます。

 東に見える山には靄が掛かっていますが、西の空は晴れています。

 午前中は、東からの風が部屋を通り抜けます。

 

 

ある時期、夏休みを志賀高原で送るようになる

 30代後半頃から、夏休みを奥志賀で過ごすようになりました。

 この時間が、心身の安定剤でした。このために一年間頑張れたと言えます。

 エアコン不要の涼しさの中で、散歩、読書、惰眠をむさぼる。

 夜は、小澤征爾桐朋学園の学生の演奏を聴く。

 心と身体が休まり、文学と音楽の世界に救われました。

 

文学散歩でもしばしば長野に…

 遠藤周作は、戦争中、月一度軽井沢の堀辰雄を訪ねています。 

 彼の文章から、追分、塩名田などの地名を知りました。特に塩名田は「日本一美しい村」と紹介され、遠藤周作の作品の舞台にもなっています。

 北杜夫は、旧制松本高等学校出身。

 当時のエピソードは「どくとるマンボウ青春記」の通り。作品に出てくる場所は、現在の自宅から徒歩圏内(笑)。

 いわゆる「文学散歩」で長野を訪問することは多かったです。藤村は「小諸なる古城のほとり」と書いていますし、堀辰雄が入院していた富士見高原病院、立原道造と水戸部アサイの思い出の地、「夢見たものは」ですね。

 

東京で稼いだお金を松本で使う

 信州に移住しましたが、農業もカフェ経営も起業もしません。

 お仕事のスタイルは完全リモートワーク。

 つまり、東京でお金を稼ぎ松本で使う

 これはこれで、地方移住の新しいカタチになればいいなと思っています。 

 地域や人との付き合いが苦手でも地方移住できる。東京のように、自分の存在を消しながら地方で「仕事×生活」ができる。「現在の仕事×生活スタイル」をあまり変えずに地方で暮らす。

 こういうパターンを「松本市」で実現したいと思います。

 可能性は高いと思いますね。

 

部屋からの風景が…

 東の部屋からは、市内の街並みと山の稜線が見えます。

 西の部屋からは、松本城北アルプスが見えます。

 今まで、数時間の自家用車移動と数万円の滞在費を払っていた景色が、目の前にあるのです(笑)。これに、部屋を通ると、湧き水で作ったコーヒーが付きます。

 

 とは言え、松本も冬は厳しそう。

 でも、冬が厳しい土地の5~10月は、本当に美しい、最高の季節なんですね。

 今は、この美しさを満喫したいと思う今日この頃です。

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