55歳で退職したおじさんのブログ

投資・副業・役職経験のない平凡なサラリーマンでした。贅沢しなければ辞めても暮らせる程度に貯まったので早期退職。「健康で文化的なビンボー生活」を楽しみつつ、旅行、沖縄、小説、アーリーリタイア、健康、メンタルヘルス、シニア、ライフスタイル、不動産購入、ブログ、日々の暮らしなど記していきます。

退職生活のバイブル 「大東京ビンボー生活マニュアル」

作品情報

タイトル 大東京ビンボー生活マニュアル

初出   1986~1989年(「週刊モーニング」連載)

作者   前川つかさ

形式   1話完結で単行本5冊分(Amazon kindleで購入可能)

物語   

 大学進学で東北から上京し、平和荘(杉並区、1K、風呂なしトイレ共同)で暮らすコースケの物語。不定期アルバイトの収入と周囲の人々とのつながりとで、東京で貧乏生活を送っている。背景の時代は連載年度と同様。1989年は平成元年、作品の時代は昭和の最後、バブル前夜である。

         大東京ビンボー生活マニュアル(1) (モーニングコミックス)

 

「隠れファン」が多かった名作

 作品に描かれる主人公の日常は、昭和の終わり、地方から上京した大学生の日常そのものです。

 風呂なしトイレ共同。ついでに電話も共同。部屋には冷蔵庫もテレビもない。扇風機は拾ってきたもの。食事もバイトも不規則で、今日は財布に20円しかない。あの金欠生活で、どうやって生きていたのか、ご飯を食べていたのか、思い出せませんし、今考えてもわかりません。

 そもそも学生は貧乏で当たり前。まだコンビニエンスストアが一般的でなかった時代、学生アルバイトと言えば、飲食店の皿洗いや配達、早朝の駅でビラ配り、工事現場で肉体労働。それでも、なぜか寝る時間と本を読む時間だけはあって、友達と励ましてくれる大人がいました。

物語の時代

 当時の大学進学率は30%程度。勉強して大学を目指すことを揶揄する価値観は根強くありました。しかし、大学に入ってみると、そこは自由に学び、人生とは何かを考え、仲間と議論を交わす場でした。

 教授が「授業に出る暇があったら図書館に行って本を読みなさい。夜は街に出て大いに飲み、語り合いなさい」と説くおおらかな時代。教授たちは授業に20分遅れてきて30分早く終える。その代わり、教授室に行けば研究の手伝いと称して教員専用書庫を使わせてくれたり、碩学のおこぼれを頂いたり、あげく人生相談から就職の面倒までみてくれました。

 同級生には、学生時代から雑誌の編集部でバイトしてそのまま就職する者、経済学部なのにトランペットの名手でミュージシャンになる者、前衛歌人になった者、万葉集の研究で論文を書き続け後に教授になった者、両親と同じ教員を目指す者、多士済々でした。主人公コースケもそんな空気の中で大学生活を送った一人かもしれません。 

主人公コースケは…

 東北出身。作品を読むと宮城県のようですがはっきりしません。岩手県説、作者と同じ福島県説もあります。いずれ、高校を卒業後、大学進学のため上京して8年目の26歳。無職。

 煙草は吸うが酒は弱い。文学やジャズの素養があり、農作業、障子の張替え、洗濯板を使えるなど、アナログな生活力が高い。大学時代は、出前などのアルバイトを継続的に行っていたらしいが、今は単発。主食はのり弁だが、ここ一番では大食いを見せることも。自宅で読書を楽しみ、アパートの大家や隣人、近所の店主、美大出身の彼女と仲が良く、頼まれれば手伝いをして生活の糧を得つつ、四季の移ろいの中で生活を楽しんでいます。 

作品に心惹かれるのは…

 当時、世の中は学生に対して寛大で、少々羽目を外しても笑いながら見守ってくれました。私たち学生も、大学を卒業すれば自分を殺して働かなければならないことはわかっていて、こんなことが許されるのは今だけ…という自覚がありました。この「社会人になれば、自分を殺して働かなければ…」という自覚が抑圧だったと思います。

 学生時代、アルバイトで20万円稼いでそのまま海外放浪の旅に出た同級生がいました。大学を出ても就職せず、3か月アルバイトでお金を貯めたら、そのまま物価の安いアジアのどこかでしばらく暮らし、お金がなくなったら帰国してお金を貯めて…という暮らしを選択した者もいました。世間的には許されないのですが、その方が自分に対して誠実で正直な生き方のように感じたのです。

 主人公コースケに惹かれるのは、その自分を偽らない生き方です。作品の中でも、理由もなくコースケに会いたくなって部屋を訪れる彼女や、コースケの訪問を歓迎する昔のバイト先の店主や近所の煙草屋の老夫婦が描かれます。みんな、コースケに出会って幸せそうです。 

退職生活のバイブルとして

 退職後の生活の難しさは、心の持ち方にあります。

 その時、この作品をと思います。