
松本も雨です。
雨量は多いですが、ほぼ無音。静かな朝です。
お仕事の関係で「平和学習・平和教育」のことを少し調べたり考えたりしています。
その関係で、改めて反基地運動・団体のことを調べ直すと…、思うことが多いです。
ま、沖縄勤務時代もいろいろありましたからね…。
で、辺野古の団体の幹部の方々は、私より10歳以上年長です。
ちなみに、亡くなった牧師さんは私とちょうど10歳上。でも、団体の中では若手なんですね。
よど号ハイジャックやあさま山荘事件の時、私は小学校低学年でしたから、亡くなった牧師さんは、その頃高校生。団体の幹部の方は大学生となります。国会周辺やお茶の水近辺でのデモに参加していたのかもしれませんね。
父の会社はお茶の水にあったので、「今日は帰れないから」という電話がよくありました。学生さんがデモ×アスファルトをはがして投石、警察×催涙弾で対抗という時代です。あの時、投石していた人が、ひょっとすると辺野古にいるのかもしれません。
その後、爆弾テロ(ビル爆破)や、ハイジャックがありました。海外出張中の父の飛行機が乗っ取られ、ご家族も現地へということもありました。
そんなわけで、安保反対という主張は自由だと考えていますが、「そういう活動に対する身体的な嫌悪感」は、小学生時代に持ってしまったようです。
これは、「兄を原爆で亡くした(父の経験)」「神戸大空襲で逃げ惑った(母の体験)」という経験をした世代が、「戦争はダメだ、理屈じゃない」という感覚に近いです
日常が奪われる×喪失体験という「痛み」ですね。
理屈ではないというよりも、言語化できない身体的な痛みと言えます。
沖縄の痛みってのも、理屈ではないですね。
沖縄県民の死者数:122,228人(約12万人)です。割合にすると
・県全体人口比:5人に1人(約20%)
・本島・周辺離島人口比:4人に1人(約25%)
死因は、戦闘だけでなく、マラリアなどの病死もあります。
東日本大震災の時、私は宮城県にいました。
宮城県の人口は約200万人、死者・行方不明は約1万5千人(約0.75%)。
で、0.75%でも、家族・自宅・職を失った人は(あまりよい表現ではないですが)ぞろぞろいます。その時感じた痛みは、理屈ではないですね。身体的なもの、よくある陳腐な表現でいれば「身を引き裂かれる」というヤツです。
0.75%でこれですから、沖縄本島20%だと…想像しがたいです。
これが、沖縄の痛みなのかな…と思いました。ちょうど、震災後に沖縄赴任しましたから、沖縄でそういうお話を聞いたり、ひめゆりなどの展示を見ると、いろいろな感情が混じりました。
一方で、その…、あの…、反基地運動に参加している方から、そういう「痛み」を感じ事はなかったのです。沖縄の痛みを根拠とした反基地活動の正当性の主張は、論理的に構築されていますが、理屈として整い過ぎている×身体的な共感はない…、個人的にはむしろ嫌悪感でした。
あれから10年近く経ちました。
お話を伺った方は70歳を過ぎ(後期高齢者になった人も)、それでもまた活動を継続されています。それは、すごいなと思います。
しかし、年寄りがいつまでも頑張り続けることは、新陳代謝を阻害します。
1970年代安保の価値観が、活動のアップデートを拒みます。
そして事故になったのでは…と感じます。
年を取ったら、今まで背負ってきた役割も人間関係も、断捨離して身軽になった方がよいですね。そして、誰かの幸福のためではなく、自分が幸福になることだけを自分の役割とする。
だって、高齢者がみんなご機嫌な社会の方が、いいですよね(笑)
松本城で出会う欧米系の観光客って、ほとんどが現役引退した世代ですけど、みんなご機嫌です。あの笑顔で、この後の時間を送っていきたいですね。