
お仕事は、「AIが書いた原稿を人間(私)が校正するという」という段階にいます。
「これがAIという技術の進化が求めた世界なのか」という疑問と、「いやAIがどんなに進化しても人間中心であるべきだからこれでよいのだ」という感情とが葛藤しております。
お仕事で読む学生さんの探究論文、企業の研修レポートも、結構AIで書いたものが多いようです。
私は、AIチェックのプロンプトをかけるようにしています。このチェックは100%ではありません。ただ、どれくらい使ったかは何となくわかります。
言わんとすることは、AIが書いたレポートを人間が評価しているという現実ですね。
逆だろ! とは思います。
ただ、どれくらいAIを使いこなしているかはわかるようになりました。AIのクセってのがあるんですね。
そして、「最後は書き手が仕上げているかどうか」で評価が変わります。
最後は人間が仕上げているレポートは中身がよい=評価が高い。
AIに丸投げのレポートは、表現に整合性、考察に論理性がない。
AIに書かせて論理性がないってどういうことよと思いますが、逆に言えば、その程度にしか使えないということ=評価が低い。
AIに書かせても、AIの本質は書き手の鏡なんですね。
そういうことをふまえてお伝えしているのは、
・AIを使ってはいけないではない。むしろ、どんどん使って欲しい
・どんどん使って、AIの使い方・習熟度を深めて欲しい
・最初の段階は、AIを使っても、使わないでも、あんまり変わらない
・次の段階は、AIを使った方が早く書ける。
・次の段階は、AIを使ってもとても時間がかかる。
その時、原稿の質・考察の深さが変わる
・やがて、数人のグループで書くような内容を、一人で書けるようになる
これは私の実感でもあるのですけどね。
つまり、AIを活用した論文・レポート作成は、やっぱり書く人間の「知識・能力・技術・リテラシー」によるわけで、評価もこのことに準じるという当たり前の結論がでます。
でも、このブログではAIを封印し、アナログの世界でと思います(笑)。
全部AIになると精神的に持たないというのが、昭和のおじさんの限界です。