55歳で退職したおじさんのブログ

投資・副業・役職経験のない平凡なサラリーマンでした。贅沢しなければ辞めても暮らせる程度に貯まったので早期退職。「健康で文化的なビンボー生活」を楽しみつつ、旅行、沖縄、小説、アーリーリタイア、健康、メンタルヘルス、シニア、ライフスタイル、不動産購入、ブログ、日々の暮らしなど記していきます。

AIとか、AIとか、AIとか

 

 お仕事は、「AIが書いた原稿を人間(私)が校正するという」という段階にいます。

 「これがAIという技術の進化が求めた世界なのか」という疑問と、「いやAIがどんなに進化しても人間中心であるべきだからこれでよいのだ」という感情とが葛藤しております。

 

 お仕事で読む学生さんの探究論文、企業の研修レポートも、結構AIで書いたものが多いようです。

 私は、AIチェックのプロンプトをかけるようにしています。このチェックは100%ではありません。ただ、どれくらい使ったかは何となくわかります。

 言わんとすることは、AIが書いたレポートを人間が評価しているという現実ですね。

 逆だろ! とは思います。

 ただ、どれくらいAIを使いこなしているかはわかるようになりました。AIのクセってのがあるんですね。

 

 そして、「最後は書き手が仕上げているかどうか」で評価が変わります。

 最後は人間が仕上げているレポートは中身がよい=評価が高い。

 AIに丸投げのレポートは、表現に整合性、考察に論理性がない。

 AIに書かせて論理性がないってどういうことよと思いますが、逆に言えば、その程度にしか使えないということ=評価が低い。

 AIに書かせても、AIの本質は書き手の鏡なんですね。

 

 そういうことをふまえてお伝えしているのは、

 ・AIを使ってはいけないではない。むしろ、どんどん使って欲しい

 ・どんどん使って、AIの使い方・習熟度を深めて欲しい

 ・最初の段階は、AIを使っても、使わないでも、あんまり変わらない

 ・次の段階は、AIを使った方が早く書ける。

 ・次の段階は、AIを使ってもとても時間がかかる。

  その時、原稿の質・考察の深さが変わる

 ・やがて、数人のグループで書くような内容を、一人で書けるようになる

 

 これは私の実感でもあるのですけどね。

 つまり、AIを活用した論文・レポート作成は、やっぱり書く人間の「知識・能力・技術・リテラシー」によるわけで、評価もこのことに準じるという当たり前の結論がでます。

 でも、このブログではAIを封印し、アナログの世界でと思います(笑)。

 全部AIになると精神的に持たないというのが、昭和のおじさんの限界です。