55歳で退職したおじさんのブログ

投資・副業・役職経験のない平凡なサラリーマンでした。贅沢しなければ辞めても暮らせる程度に貯まったので早期退職。「健康で文化的なビンボー生活」を楽しみつつ、旅行、沖縄、小説、アーリーリタイア、健康、メンタルヘルス、シニア、ライフスタイル、不動産購入、ブログ、日々の暮らしなど記していきます。

日々雑感(衆院選も期日前投票の予定です)

 

 原稿が順調でして、予定より少し早いペースで進んでいます。

 そこで、今日は午前中を休養にしました。朝ご飯を食べて寝る。

 で、先ほど目覚めて、今コーヒーを淹れながらです。

 そして、今思い出したのですが、今日はゴミの日でした。寝てしまったので…。

 

 投票所入場券は昨日届いています。

 投票は期日前に済ませる予定。投票日の投票所より、市役所の方が圧倒的に近い×空いているということ。もう入れる人は決めたので、今日でもいいのですが、ま、あまり焦らず。

 あらためて調べてみると、私の選挙区はなかなか「いろいろ」あるんですね(笑)。

 で、自民に新人(参院選に出馬して落選していますが)が出馬するためか、自民の大物が結構来ています。他の政党の現役議員は大物政治家一族の出身だったり。

 だからダメというわけではないです。

 今回は、政党色よりも立候補者個人をよく見極めてと思います。

 

 個人的に一番古い記憶、起点となる記憶は「佐藤栄作首相×美濃部都知事」です。

 教科書に載っているレベルですね。

 そして、私が高校生くらいまでは、都内の区長・市長には非自民・革新系が結構いました。そして、やはり日本全体が高度経済成長期で、高齢者も少なったですから、教育・福祉に予算を使ったという記憶があります。ただ、これは10代の私のイメージ×記憶です。

 正確に言えば、オイルショックによる財政悪化が引き金での退陣です。美濃部都知事は革新系でしたから自民とは対立気味であったこと、都の予算編成がオイルショックのような状況に弱い構造だったことなどですね。で、大阪万博の事務局長だった鈴木俊一都知事になってという流れになります。

 ちなみに「美濃部 → 鈴木 → 青島 → 石原 → 猪瀬 → 舛添 → 小池」で現在に至ります。

 「私の知っている東京、自分の地元としての東京」は石原までですね。

 念のためですが「石原都知事がよかった」と言っているわけではないです。

 ただ、私が「人生の後半は地方で暮らそう、もう東京出よう」と真剣に考えるようになったのは、石原以降なんですね。

 そもそも、東京は、「地方の次男=行き場を失った人間」が集まることで人口を増やした都市です。つまり、「家の制度で収まれない人」「家から排除された人」「自立を強いられた人間」が集まった都市と言えるでしょう。

 そこには、排除された人間同士がいたわり合い、支え合う空気がありました。

 気づきにくいのですが、それが東京という都市の通奏低音なのです。

 

 でも、それがなくなってきました。

 無駄な競争・排除の理論が表面化して、ちょっと居づらいのです。

 で、競争・排除的な要因となる人間関係を断捨離し、松本に移住して現在に至ります。松本では、人間関係を作ることなく、淡々と暮らしています。

 老後は、人に迷惑をかけない範囲で自由に暮らそうと(笑)。

 

 というわけで、今日の仕事開始とします。頑張ります。