
今朝の風景
昨日、初稿を書き終え、今日から見直しに入ります。
ここまでくれば、あと3日くらいで提出できそう。早ければ金曜日ですね。
来週月曜日は、「別案件×ミーティング」があるので、その前までには終わらせたいと思います。
さてさて、年を取って失われることの一つに「逆算思考」があるような気がします。
現役時代は、「あるべき未来から逆算する、当日から逆算する」という思考が日常だったわけですが、今は…。
ま、原稿書きについては、〆切から逆算して計画を立てます。しかし、人生を考える時、逆算の起点がないんですね。と言いますが、あの、その、逆算の起点は「死」になるわけで、これはいつになるかわからんのです。
早期退職の準備を始めた頃、早期退職の想定年齢を55歳と考えていました。
55歳という年齢に客観的な根拠はありません。あくまで何となく。それでも、55歳という年齢から逆算して貯めるという発想がありました。しかし、今は…逆算の起点の設定が難しい。
そういえばなのですが、一般サラリーマンは60歳定年で組織を離れる、60歳をこえても働き続けたとしてもマネジメントからは離れると思います。
しかし、議員など定年のない仕事ってのがあります。業界団体の役員とかもですね。
そして、自分も年取ってわかってきたのですが、60歳をこえてくると「あるべき未来」というものがなくなってくるのですね。学生さんだと「将来○○になる」とか、働くようになると「○○という社会にする」とか、そういう目標・未来があります。その達成に向けて頑張るのですね。
しかし、年を取ると、そういう「公共的な発想をふまえた自己の未来」をイメージすることが難しくなるようです。もちろん、公共的な発想が弱くなることが「もう年寄りだから世の中のことには口を出さない」という意識としてその言動に出ることもあります。これは、世の中のことに口を出さないという非公共的な発想が、公共に貢献するという逆説を含みますから、大いに実践と思います。
一方で、公共的な発想ができなくなる=自己の利益のみを求めるという方向に動く人もいます。で、議員とか公共団体の役員とか、そういう「公共性の高い職業に就いている人」が、年齢を経ることで(ある意味で自然に)公共的発想・希望ある未来を根拠とした思考力が低下してくる。
本人はそのことに自覚がなく、そのため「自分の存在は公共の福祉に役立っている、自分の役割は市民の声を届けることに貢献している」と思い込んでいる。が、実態は自己の利益・一部関係者の利権にしかなっていないということは少なくないです。
そもそも、とくに地方の有力者が考える「地元のあるべき未来」ってのは、「この町が昔元気だったころ」、もしくは「東京のような都会にあるものを誘致する」のどちらかであるケースが多い。これは「未来を根拠とした発想」ではない。
当然、そこには「逆算思考」もない。そもそも、昔の姿を取り戻すのは「逆走」、東京のようにするのは「模倣」に過ぎません。
そう考えると、その昔いろいろあった議員さんや偉いさんの思考パターンがわかってきます。達成すべき未来がない人に、逆算思考はない。でもそういう人が、自治体や団体の決定権を握っている。それは…(以下自粛)。
と書いている私も、逆算思考が失われつつあります。
もう一度、老後のパターン・リスクを整理し、逆算思考で対応を準備しておかないといけませんね。これは、年末年始の宿題ということで。