
退職金を溶かしてしまったとか、地方移住に失敗して結局東京に戻ったとか、退職や移住に関する「失敗」をテーマとした記事が出てきます。そういう記事を一度クリックしてしまうと、出続けるというのがネットの仕組み…。
転勤族の子供で、社会人になったら自分も(なんちゃって)転勤族になった私は、東京・関西・九州・沖縄・東北などで暮らす機会がありました。
自分の移住を考えた時、東京出身者としては「JR東日本管内がよいだろう」と思いましたが、寒冷地の冬の経費を知る身としては「通年夏タイヤで暮らせる西日本エリア」にも憧れがありました。冷房と暖房、お金がかかるのは「暖房」なのです。
憧れだった「越後湯沢」を諦めたのは「冬の経費×自家用車必須」という現実。
「軽井沢」も以下同文。
そんな私が「松本市」を選んだとなれば、矛盾してない??となります。
標高600mの寒さは骨身に沁みますし、冬の経費もかかります。ただ、自家用車なしでも暮らせる都会性があります。
選択・決断においては「主体性・積極性が重要」と言われます。
しかし、今の私があるのは、「消去法的最善解」「消極的選択」の積み重ねです。
早期退職の決断も、長野県松本市という選択も、そういうこと。投資も以下同文。
振り返ると、大学院に進んだこともそうですね…。
ただ、「消去法的最善解」「消極的選択」は、大きな失敗から身を守ることや持続性は導くのはないかと思います。
ちなみに、私一応「自称リベラル」です(笑)。東京都知事が美濃部さんの時代に生まれ育っていますからね。あの頃は23区内を含め都下の首長には非自民・革新系の人が多かったです。
そんな私でも、今回ばかりは高市さんかな…と思います。あくまで「消去法的・消極的支持」です、念のため。でも、現在の日本社会の課題の解決が期待できるのは誰??…となるとそういう結論になる。合理性・論理性はあまりない。昔のセンター試験の解き方と同じ。傍線部の内容と異なる内容・主張を含む選択肢を切っていき、残った一つが正解になるということ。でも、残った選択肢を読んでも正解とは思えない。しかし、間違いではない。これが「消去法的最善解」。
個人的には「未来を根拠とした思考ができる人」が理想ですが、現在の政治家にはあまり期待できません。であれば、消極的選択×リスク最小化が優先ですね。
私の老後は、「消去法・消極的選択」でと思います。
節約×断捨離ってのも、消去法を使えば実現しやすい。
夢とかお金とかはなくても、本とカレーがあれば人生はだいじょうぶ。
というわけで、思考が宮沢賢治化してきた今日この頃。
これからカレーを食べて仕事に取り掛かります。