
小学生の頃、「怪盗ルパンシリーズ」(南洋一郎訳)にはまっていました。
松本市内の図書館には、子供向きの棚にまだこれがありまして、借りて読みたいと思うのですが、一応自制しています。
このシリーズは、児童向けにアレンジされていました。で、ここでシャーロック・ホームズを知るのですが、ホームズの方は児童向けのものはなく、文庫本で購入して読んでいました。
ルパンでは「813の謎」が印象に残っているのですが、この作品で謎解きの面白さを知ったようです。そして、謎解きという点で、ホームズにさらにハマりました。
このあたりの作品だと、最後まで犯人がわかりません。ですから読み手にも推理する楽しみがありました。
(これは、横溝正史の作品にも共通するのですが、角川が映画にするとキャストで犯人がわかる…という批判がありました。映像化って難しいですね)。
その頃、テレビで「刑事コロンボ」が始まりました。
犯行シーンから始まり、犯人がわかった段階でドラマが始まるという構成に驚きました。古畑任三郎はこのオマージュになります。
さてさて、昨日読み始めた警察小説は半分まできました。
ただ、かなり早い段階で「犯人」わかってしまうのです。もちろん、ストーリーとしては、犯人はまだ誰もわかっていません、当然捕まっていません。しかし、読者にはわかってしまうのです。
そうか、いまどきの警察小説は、ホームズのような「推理小説」ではないんですね。
舞台は警察で主役は警察官。そこで描かれるのは組織の理不尽、エリートと現場との不一致。そして、二律背反な状況の中で苦悩する人間の姿。
たしかに、犯人・犯行手口・事件のパターンは出尽くしと言えますし、ストーリーも現実の事件をモデルとしたものが増えてきました。となると、謎解きよりも人間模様、犯人を推理するよりも犯人をどのように捕まえるのかになりますね。そういう意味で、刑事コロンボというドラマは画期的なんですね。
というわけで、今の小説を読み終えたら、久しぶりに古畑任三郎見ようかと思います。DVD持っているので久しぶりに。一応念のためですが、古畑任三郎が好きで買ったわけではありません。三谷幸喜さんのファンで舞台作品を映像化したものは結構持っています。今週は、三谷作品の舞台を映像で見直すのもいいかもです。
というわけで、普段ならここで仕事に戻るのですが、OFF期間の今は、本に戻ります。ま、難しいことは考えず、エンタメとして楽しみます。