
移住先に松本を選んだ理由の一つに、サイトウキネンフェスティバル(今は名称がかわっていますが)の存在があります。
このフェスティバルの第一回、ブラームス交響曲1番の演奏はNHKの放送で見ました。もちろん、指揮者の小澤征爾さんもすごいのですが、サイトウキネンオーケストラの響きに圧倒されたことを覚えています。以降、この時の演奏を繰り返し聞いています。
昨日、小澤征爾さんの評伝を読み終えました。最終章はサイトウキネンのこと。
私が圧倒された、第一回のフェスティバル×ブラームス1番が演奏されたのは9月5日、その裏話が書いてありました。
まず、このフェスティバルですけど、反対する市民も多く、直前の市長選挙の争点となり、何と招聘反対派の市長が勝利。というわけで、行政・松本市の支援はこの段階でストップします。ではどうやって準備を進めたかというと演奏会サポーター、要するにボランティアが進めたんですね。
で、本番の三か月前、さすがに市長が部下に「どうなっているんだ」と声をかけたことで担当課が動き出し、何とか本番に間に合うようになったとか。
ちなみに、当時の小澤征爾さんは、ウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任し、その直前に指揮をした「ニューイヤーコンサート」のCDが爆発的に売れていました。指揮者としては世界の頂点に立っていた頃です。
8月になってメンバーが松本に集まりリハーサルも始まった頃に、大人の事情×支払い関係のことでトラブルが起き、間に挟まれた小澤さんは、嫌になった、もう辞めると言って、東京・成城の自宅に帰ってしまいます。
タイムリミットは9月3日10時新宿発の「あずさ」。これに小澤さんが乗ってくれれば、ブラームス1番のリハに間に合うし、本番も大丈夫。ちなみに、本番には当時の天皇皇后両陛下がいらっしゃいます。
ボランティアのチーフの方は、そのあずさに乗車し小澤さんを探します。グリーン車にはいない…。指定席にもいない。最後尾の自由席に行くと、一番後ろの席でスコアを読んでいる小澤さんを見つけたとか…。
そして、松本駅に到着すると駅ビルの中で蕎麦をふるまって会場に入ったとあります。あのブラームスの裏でそんなことがあったのですね…。
ところで、フェスティバルの大スポンサーはセイコーエプソンです。
で、エプソンは、才能のある日本人をスポンサーとして支援する活動をしています。たとえば、日本人初のF1ドライバーになった中嶋悟さんもその一人。スポンサーになったのは中嶋さんが国内で頭角を現し始めた頃から。そういう前例があるので、小澤征爾さんのこともエプソンは若い頃から支援していたのだと思っていました。
でも、それは私の思い込み。
フェスティバルの開催地は「奈良か松本」に絞られ、できれば松本でというのが関係者の意向。小澤さんは20代×無名修業時代、諏訪の市民オーケストラを指揮したのですが、その時のメンバーの一人と親しくなり付き合いが続いていました。その人が、エプソンの社員で、小澤さんとエプソンをつなぎ、松本市開催となります(前述した、小澤さんをあずさの中で探したボランティアのチーフというのがこの人)。
世の中は縁と恩とで出来ています。
つまり、小澤征爾さんという個人とその属人性が、フェスティバルを創り・継続していると言えるでしょう。もちろん、属人性には負の側面があります。ですから、公務員のお仕事は属人性を徹底的に排除することで不正のない公平な運営を実施しています。その代わり、本当に困っている人を救うこと、市民や自治体に大きな利益をもたらすイベントの立ち上げはできなくなります。たとえば、とても能力が高い公務員がいても、その能力を活かすことはできない、属人性を業務に持ち込めないからです。
ところで、小澤さんには集金力・社交性の高さもあります。
小澤さんがウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任する直前、オーストリア政府は歌劇場を民営化していました。となると、歌劇場には「経済的自立」が求められます。そういう中で、小澤さんが選ばれたというのは陰謀論かもしれませんが、あながち否定はできないでしょう。ちなみに、小澤さんの就任と同時に、国内の某自動車メーカーが歌劇場のスポンサーになっています。
前述の中嶋悟さんがF1にステップアップするにあたっては、「中嶋をチームドライバーにすると、エプソンとホンダエンジンがついてくる」というメリットがあったことは否めません。時計とエンジンメーカーがついてくるというのはF1チームにとって大きな価値です。ただ、これは本人にその才能があってであることは付記しておきます。才能がないのにお金でその地位をつかんだのではありません。才能があり、かつその才能を認めてスポンサーとなる人や企業がいて、ビジネスとして成立するということ。
というちょっと裏話的なことを知っていろいろ思う秋。
次は、今野敏です。