
微妙に夜明け前の松本城
先日、自分らしい生き方を選択すれば、世間の常識とは少し離れた生き方になるみたいなことを記しました。
たとえば、公務員の場合、公務員になるという目標を設定し、その実現のために計画的に人生を構築してきた人が多いのは事実。そのために旧帝大系か、地元国立大学の社会科学系学部に進学して採用試験という流れ。一方、自分が公務員になるということは考えたこともなかった私の場合、偶然とご縁とが導いた転職。となると、やはり異色・マイノリティ・個性的と評価されるのは仕方ない。
この点について割り切っていたことがあります。
自分らしい生き方を選択した以上、万人に好かれることはないという覚悟ですね。
好かれない…とは、見下される・変な気の遣い方をされる・何となく無視される・肝心な情報が届かなくなる・人事評価がイチマイチ…など具体的な状況を導きます。
また、地方に赴任すれば「東京から来た」と警戒され、東京に戻ると「左遷から戻ってきた」と言われる…。でも、そういう経験を繰り返すうち「その人の価値観」」が見えてきます。周囲から有能と言われている人も、価値観は俗人に過ぎないとか、そうこともわかってきました(逆に、俗人的な価値観を持たないがゆえに無能と評価されている人も)。
ただ、自分の価値観(は表には出さないようしますが)を大事にするならば、こちらも好きな人・あまり好きではない人(は表に出さないようにしますが)が生じます。
そうなってくると、ま、お互い様ってことになりますね(笑)
私が好かれないのは、私自身にも要因があるということ。であれば、私のことを好きではないという人の価値観も尊重することが大事。自分の価値観を大切にするように相手の価値観も大切にする。つまり、価値観の相互承認を意識することが「大人の生き方」ということ。これが私の処世術になります。処世術を具体的に言うと、距離感ですね。距離は遠目がよい。
早期退職後の暮らしの快適さは、他人との距離感が最大限に遠いことでしょう。
この距離感を表現する言葉が浮かばないのですが、要するに「こちらから発信する必要がない」「受信する情報がほぼない」「情報を受信しても返信する必要がない」ということになるでしょうか。
もう少し掘り下げて言うと、「もし受信した情報がネガティブなものであっても、反応する必要がない。それが自分のことであってももう関係ない」ってこと。
その結果、今は自分らしく生きても、自分の価値観を優先しても、誰からも嫌われない・迷惑をかけない・気を遣わない暮らしになっています。
今後も、ひっそりと暮らすことが快適の維持と思う今日この頃です。