
昨夕の松本城
気が付けば8月も半分終わります。
少し前に書き上げた原稿ですが、その後、調べ直し・修正・加筆などを進め、すでに初稿の名残はありません。思考とか原稿書きとかは、input×outputを繰り返しながら掘り下げていくしかありません。AIも使いますが、最後は人力ですね。
戦争の体験者の話を直接聞く機会が難しくなったと言われています。
時間の経過によって体験者の数が減っている・高齢化が進んでいるからと言えます。
ただ、個人的には「話すことの難しさ」もあると思います。
私は被災経験がありまして、ゲストスピーカーでその時の話をしてください言われて何度かお話したこともありますが、なかなか難しい。
お話する震災のことは、私個人の体験に限定されます。
一方、会場にいる方は、私より震災のことについて詳しいのです。これは報道の発達によるものですね。会場の方には、津波が名取を襲っている場面をテレビ×生放送で見ていたり、その後もいろいろな報道で被災地の状況を知っています。
その頃、私は現地でいろいろなことを見ていました。いろいろなことを見ていましたが、全体的な情報量としては、現地以外の人がTV報道などから得るものの方が多いのです。また、報道はどうしても「悲劇を美談にすること」に偏ります。それが、現地以外の人たちの心証になります。
しかし、現地には悲劇も美談もありません。あるのは淡々とした現実です。
ゲストスピーカーとして、自分が見た現実を伝えると、それだけで怒り出す人がいます。被災地で起きた出来事(私の知らないこと)について「どうなっているんだ」と言い出す人もいます。支援・復興についてのご意見を賜ることもあります。
つまり、個人の体験をお話しても「知っているよ」「知っている話と違うよ」「現地は何をしているんだ」という反論を浴びるのです。支援・復興についても「支援を受けた側」がご意見に反論することは難しいです。支援をいただいたことの感謝の裏側には、罪悪感もあるのです。
戦後80年ですが、この間「当事者の個人的体験」と「たくさんの情報を持った非当事者」との間で、「求められるような新しい情報」「求めているような悲劇・美談」「戦争を悪と断定できるような決定的なエピソードを聞くこと」は難しいというのが現実のようです。
また、体験者とは「生き残ってしまった人」なわけで、生き残ったことに対する罪悪感を抱えています。これをご理解いただくのも結構難しいですね…。
個人的なことですが、私は戦後生まれ・日米安保世代の中にとても嫌な人がいます(昔の上司ですね。一部ですが)。もちろん、戦後世代・安保経験者にも、国益を考え、日本の未来を根拠に考えて行動を続けている人がいます。戦後日本の経済成長の主役は私より上の世代だったのは間違いないです。しかし、一部ですが罪悪感がない人がいます。まぁ、それくらいの図太さがないと大きな事業を進めることは難しいです。そのことを否定はしません。
ただ、私は罪悪感を抱えつつ、困っている人のために働きたいと考えました。
組織から「罪悪感」がなくなると、倫理も道徳も通用しなくなるからです。
政治・行政に携わる人間に「罪悪感」という感性・モラルがなかったらと考えるとなかなか恐ろしいですが、そういう現実も見てきました。
戦争・核はダメ、津波は来る前に逃げる…というのは体験者にとっては「理屈ではない」のです。しかし、非体験者は「理屈」を求めます。気象庁が出した津波警報・避難の指示に「強制力があるのですか」と質問するような状況に無力さも感じつつ、私は罪悪感を抱えながらと思う今日この頃です。