
夜中の2時ごろ、暑さ・寝苦しさで目覚め、深夜ですがエアコンをかけました。
で、先ほど目覚めましたが、エアコンはかけっ放しです。
ちなみに、深夜目覚めた時の室温は29℃。
無風なためか室内に熱気がこもっています。
さてさて、7月5日には何もなかったのですが、そもそもがマンガのストーリーでしかないものです。思うのは、物語の中の出来事と、現実との区別がつかない人が増えていること。フィクションを事実と信じてしまう人が少なくないのですね。一方で、事実を信じてくれない人も増えています。
こういう人が可視化されるのは、たとえば災害時。いろいろなデマを(本人的には悪気なく??)発信・拡大してくれます。選挙前は、悪意・確信犯的に虚偽情報を発信・拡大するケースもあるようです。
ちなみに、教育委員会所属時代、「金○先生シリーズ」が始まるとクレームが増えるという法則がありました。「金○先生」だけでなく、学校×先生が主人公のドラマが放映されるとなぜか(笑)クレームが増えるのです。同様のケースは、「医師・病院を舞台としたドラマ」にもあります。
まぁですね…、ドラマそのものに悪意はないのでしょうが、ドラマをドラマとして楽しめない人、現実と区別できない人がいるということでしょう。
(ちなみに「金○先生」には、実は明確な悪意があります。あのドラマの脚本家は、自分の子供が都立中学に入学した時、教育現場の現状に驚き、先生不信・教育不信を感じ、それをドラマにしたのです。で、そのモデルとなった昭和50年代の都立中学・都立高校には荒れた学校が多かったのも事実。ただ、その背景には「暴走族、シンナー・貧困・過剰な学歴信仰」などの非行現象・社会現象があり、そのすべてを先生と学校との原因・責任とするのは無理です。しかし、ドラマでは、それらを抑止できない先生・学校に責任があるという設定をし、家庭・地域・社会の課題解決に奔走する主人公を創り出し、しかもそれらを50分で解決するというスーパー教師のストーリーにまとめました。これ以降、先生は「授業以外の業務」に取り組むことが求められました。これは、現在の先生不足・教員の長時間労働のという課題の要因と一つと言えます。つまり金○先生のように働け、課題解決に取り組め、結果を出せというのですね。金○先生はフィクションなんですけど…)
学習支援に参加させていただいている高校でも、生徒さんには「客観的事実を根拠とすること、裏付けとなる事実を明示すること」とよく言います。
論理的思考力というと、「思考」に意識が偏るのですね。その結果、根拠となる情報の客観性の確認がないまま、理由・結論に進んでしまうケースが多いです。
そうではなく、論理的思考とは、まず「客観的事実を根拠とした考察」であることを繰り返し伝えます。客観的事実とは、誰が見ても「そうだよね」と同意できる事実ということ。たとえば「課題意識の共有」がそれ。
思考よりも、思考の根拠となる事実の客観性を重視することを徹底しています。
ま、「根拠は??」と言うとそれだけで怒り出す人は、大人にも高校生にもいるわけで、そこの伝え方には気を遣いますが…。
認知の衰えってのも、事実とフィクションとが混同してくる、区別がつかなくなってくるという、そういう現象を伴います。
というわけで、そういうことを書いて、自分の認知にゆがみがないか、自覚・確認をと思う今日この頃です。