
早期退職する時、多くの人から言われたのは「辞めてどうするの」です。
で、それに続く言葉は、「仕事を辞めたらヒマじゃない、寂しくない」です。
ちなみに、松本に移住した時は「盆地だね、夏暑くて冬寒いでしょ」でした。
おそらくこれが平均的認知なのでしょう。
当時の私は、「そうですね…」と曖昧に笑ってかわしました。
日本人が得意な「曖昧なほほえみ」というヤツです。自分の感情を隠す、本音を言わない、でもトラブルになることを避けるための言動ですね。
一言で言えば、「何を言っても、この人には私が考えていること、感じていることは伝わらない。そもそも相手は私のことを理解するつもりもなく、ただ自己の否定的な感情を押し付けているだけであり、しかもそのことに本人が気づいていない」ってこと。
私の早期退職は、「辞めて何かをするための退職」ではありませんでした。
「辞めることが目的」と言えます。
心身が限界で、このままだと自分が壊れる可能性が高いという自覚と医師の判断がありました。その原因は「辞めてどうするのという人」にあるというオチですね。
というわけで、3/31日付で早期退職し、その後の予定は何もない。強いて言えば、通院・カウンセリングの日程だけが決まっていて、その内容によっては入院かもということだけ。ちなみに、診断の結果2週間入院しました。
で、早期退職してヒマか…というと、その通りヒマではあります。
でも、そのヒマを求めて早期退職したわけで、無為な時間を過ごしつつ、惰眠を貪ることで心身が徐々に回復していきました。
寂しいか…というと、その通り寂しい暮らしをしています。
でも、人間関係のストレスというものが完全に0になりました。そもそも関わる人がいません。お仕事も個人営業です。組織で動くこと、組織のルールに従うということがありません。人として当たり前のモラル・道徳に沿った言動をするだけ。
仕事を辞めることをネガティブに考える人にとって、その先にあるモノは「ヒマ・寂しさ・貧困」なのでしょう。でも、そういう発想こそ「仕事人間・ブラック労働に染まっていることに自覚のない人」に多いもののような気がします。
ま、ヒマで寂しいと思っている人には、そう思うならどうぞですね。
で、そういう人は断捨離の対象。人間関係も断捨離することで、他者からネガティブな言葉を浴びること、理不尽な言動を受けることがなくなります。少し時間はかかりますが、今は(忘れていた)穏やかな気持ちを取り戻しつつあります。
子供は、進学・就職などを気に「独立すること」が求められます。
高齢者も、独立した方がよいのではないでしょうか。
高齢者を抱えた家庭のトラブルは「同居」「さみしいから」に起因することが多いです。私は、人生の終盤だからこそ「一人で暮らす自由、一人旅の自由、好きな時に好きな本を好きなだけ読める自由」が欲しいです。これが人生の優先事項。
もちろん、収入は激減して経済的な余裕はありません、投資で資産がマイナスになることもあります。でも、天気の良い日にふらっと上高地に行ってそこでソフトクリームを食べるという「お金で買えない贅沢な暮らし」を送っています。
四季の変化が豊かな松本で、書く仕事をしながら好きなことをしています。それをヒマで寂しい暮らしを盆地で送っているというなら、ま、それも事実でしょうから否定はしません。その代わり、曖昧なほほえみを返しつつ断捨離ですね。
という「早期退職してよかったシリーズ」を久しぶりに。
個人的には、まだまだ読みたい本、訪れたい場所、知りたいことがたくさんあります。仕事を手放したからこそできるようになったこと(平日に旅行とか、大学で学び直すとか)がたくさんあります。組織から離れたからなくなったストレスもあります。
今の案件が終わったら、また本を持って旅に出ようと思います。