55歳で退職したおじさんのブログ

投資・副業・役職経験のない平凡なサラリーマンでした。贅沢しなければ辞めても暮らせる程度に貯まったので早期退職。「健康で文化的なビンボー生活」を楽しみつつ、旅行、沖縄、小説、アーリーリタイア、健康、メンタルヘルス、シニア、ライフスタイル、不動産購入、ブログ、日々の暮らしなど記していきます。

日々雑感(体験格差??)

 

 というわけで、週末はテンホウの餃子です。

 餃子半額デーで大量購入したもの。家で焼いてもおいしいですね。

 

 転勤族の子供あるあるの一つに、修学旅行先が以前住んでいた場所である…があります。私はこの体験者で、中学時代(神戸市)の修学旅行が東京(出身地)でした。

 そのためか、この修学旅行の記憶がほぼありません。

 おぼえているのは修学旅行出発前の事前学習で、「新幹線乗車訓練」があったこと。

 校庭に白線がひかれ、クラスごとに整列して30秒で乗車できるまで繰り返しました。

 

 私は母の実家が神戸だったため(中学時代はその家で暮らしました)、長期休暇は東京ではなく、神戸で過ごしていました。祖父から釣りを学び、甲子園に高校野球を見に言ったのはこの頃。そして、新幹線の東京~新大阪開業は私が生まれた年。小学校高学年になると、一人で東京~神戸を往復していました。

 

 ちなみに、終点が新大阪だった時代はそこから神戸まで在来線に乗ります。当時、在来線に冷房はありません。そして、淀川などの河川を渡る時、開け放った窓から強烈な異臭が入り込んできました。日本の公害・汚染時代ですね。はしけなどもとまっておりまして、宮本輝の小説そのままの世界でした。

 

 話を戻しまして、中学の同級生には私と同じように東京からの転勤族が数名いました。で、新幹線の乗車訓練?? といわれて戸惑っていました。

 でも、人生ではじめて新幹線に乗る同級生の方が圧倒的に多いのですね。

 あの頃は、まだ東京に行く、新幹線に乗る…ということが修学旅行の意味・価値だったと言えます。新幹線に乗る…という練習をしておかないと、本番で本物の新幹線に乗る時、舞い上がって調子に乗って変な行動をしないように…という意味もふくめての訓練だったのかもしれません。

 

 ということをふと思ったのは、最近「体験格差」という言葉をよく聞くからです。

 私は、転勤族の子供として、そして自身が転勤族になったことで「体験の数」はこなしました。何より、子供時代に東京と関西という異なる二つの文化を往復した体験は、なかなか強烈でした。妻は都内でしか過ごしたことがないのですが、妻の家庭の教育方針で「英語とピアノ」が一応できるため、留学などの経験があります。これは娘にも受け継がれ、大学入学以降は海外で過ごす時間の方が増えました。

 

 体験にもいろいろありますが、「越境体験の有無」は価値観の大きな影響を及ぼすと感じます。少しよくない表現ですが、越境体験の有る人とない人とでは会話がかみ合わない、対話にならない、議論にならないことが少なくないです。

 ちなみに、私は越境体験者になるのですが、世の中は越境体験者の方がマイノリティーで肩身が狭いという感覚があります。

 どちらが正しいというわけではないのですが、世の中の図式的には「越境体験のない人が、越境体験者を叩く」という流れの方が多いようです。

 教育では「体験から学ぶこと」が重視される流れがあるのですが、実際に体験し、体験からの学びを活かした行動をすると責められるという…、なかなか笑えない現実があります。となると、越境体験は封印するということが体験からの学びになってしまうわけで、なかなか難しいです。

 

 私が地方で暮らしたがる理由は、東京が私の知っている東京ではなくなったからです。東京は越境経験のある人が集まった町で、そこにやさしささがあり、自立が求められる厳しさもありました。でも、徐々に越境経験のない人が増えて来て、依存と排除とが身近におきるようになってきたからです。

 というわけで、地方都市の市街地に潜む「都会の孤独」を発掘して現在に至ります。

 そして、高校生の学習支援×エントリーシートと小論文の作成では「今まで封印してきた越境体験の言語化」を進めています。

 体験にもいろいろありますが、最後は「越境」になるのかな…と思う今日この頃です。