
松本城はお濠の浚渫中(手前のブイのようなもの)
今日は土曜なので国内の個別株は動きません。
でも、投資信託は動きます。がっちり下がっていました。
毎日上下運動です。稼ぐチャンスではありますね。
さて、昨日ふと言語化できたのですが、40歳半ば頃から早期退職するための具体的な準備を始め、将来の年金受給額内で生活する練習をはじめたのは、「公務員というお仕事を継続するためのエネルギー切れ」だったのかもしれません。「エネルギー切れ」という言葉が一番違和感なく受け入れられます。
最初に就職した研究色の強い民間企業は、私にとってとても満足度が高い職場でした。ただ数年経過すると「実践」の機会が意外と少ないこと、「範囲」が意外と狭いことに気づきます。そんな時、官民連携というか、官のサポートをした時に、官の仕事の規模の大きさ・範囲の広さを知ったのですね。
というわけで、公務員に転職しました。
ただ、私の身内に公務員はいませんし、高校・大学は私学で過ごしている私に「官の世界」は未知でしたし、無知でもありました。まぁ、それでも20代ギリギリでしたから、若さ・柔軟性で適応できた部分もあります。同僚・上司にも恵まれていましたし、民で経験したことと官で学んだこととが業務でうまく回っていました。
しんどくなってきたのは、部署をまたいだプロジェクトに対していろいろ言われるようになってきた頃ですね。あと議会対応とか、地方勤務時代のクレーム対応とか。
それぞれに学びはあるのでよいのですが、議会が作った地域課題の原因を私とされ、解決を強要されるのはしんどいなと思いました。また、民間では「接待される側・根回しされる側も試されている」という緊張感がありました。どんな大きなビジネスでも、相手が信用できなければ切ります。
でも、官の仕事・公務員の仕事は、対象の議員・市民・団体が絶対に信用できない、リスクが大きい、理解を求めることは難しい状況でも切れない。もう少し踏み込んだ表現をすると、切った方がよいと判断することはできますが、切る権限は私にはない。むしろ「それを何とかしろ」という指示がかえってくる。かかってきた電話はこちらから切れないのと同じ。
それを何とかする度量と頭脳は私にはなかったです。
そして、そういうことにエネルギーを使っているうちに…というストーリー。
時々ここにも書いていますが、日本の未来に希望が持てない、希望があるとすれば若い世代・優秀な人間の存在というのは、そういうことというのが今日のオチ。
公務員というゼネラリスト型の組織には、ジョブ型キャリアの人間も必要でそういうことが私の転職を可能にしたと言えます。ただし、ゼネラリスト型組織の中では浮く・扱いに困る・鉄砲玉なわけで、ま、それは疲弊するなぁ。
でも、公務員への転職に悩んでいる若き日の私に、今の私がアドバイスするとすると、行け・飛び込めだと思います。しんどかったですけど、実践の場で学んだことの大きさは、研究のみ・民間のみでは得られなかったと思います。
異なる世界に飛び込む・越境することでしか得られないことがあります。
高校生にも、異なる世界・越境体験による学びがあるんだよと、そういうことを個々の中でつぶやきながらの日々です。