
明日から早期退職6年目に入ります。
55歳で早期退職しましたから、明日からは早期退職でも、定年退職でも、いずれ「退職生活」になります。
学校を卒業した後、最初に就職した企業で定年まで勤めることが当たり前という価値観はまだ残っています。しかし、これを実現した人がどれくらいいるのでしょうか。
それでも、退職・転職ということにネガティブなイメージはまだ強いです。
そうですね…私の周囲では、やはり世代が若くなるほど転職率が高いです。
若い人の転職を見ていると、社員の成長に企業が追い付いていないという現実があります。本来ならば、組織が成長し、その成長に追いつけない社員が取り残されていくことがベースのはずで、そこに「研修」の意味があったはずです。
しかし、社員の成長に組織が追い付けず、組織が取り残されていく場合もあります。
その場合、アンテナの高い社員はやりがいを求めて転職していきます。
この5年でも、社会の価値観、働き方、学び方、組織のあり方は大きく変化しました。ええと、私もついていけません。
そんな私ですから、早期退職してよかったというのが今の思いです。
私の選択は、早期退職して老後の備えを早めに整えるでした。
その一つには、ボロボロになった心身の回復も含まれます。
私が学生の頃、浅田彰氏が登場し「逃走論」を著しました。
逃走という言葉はそれ以前からあったもので、既存の価値観を手放す・離れるという暗喩です。ただ、逃走(逃げる)という言葉にはネガティブなイメージがあって、でもそのネガティブなイメージそのものが既存の価値観にとらわれていることでもあるわけです。そういうことは、頭でわかっていても、腹落ちするのはなかなか難しいでしょう。
転職・早期退職を通じて得たのは、まぁわかる人にわかってもらえればよいということ。わからない人がいても当たり前で、わからない人にわかってもらう努力はあまり…ということ。つまり関わる人を減らす方が私の「うぇるびーいんぐ」は向上するんですね。
公務員と言うお仕事の一つは「わからない人に根回しをして協力をいただくこと」「わからない人に納得していただくまで誠意を尽くして説明すること」です。
年齢を経る・役職が上がると、このお仕事の割合が大きくなります。
私には、そういう仕事は向いていなかったというのが今日のオチ。
それを手放して5年、自分を無意識に縛っていた価値観や思考習慣への気づきと修正は今後も継続ですね。そんなことを思う5年目の最終日です。