
晩夏の松本城
昨日は、朝から都内も大荒れの天気だったそうで…。
松本~東京の交通機関もズタズタでしたが、たまたま高速バスを予約していた妻は無事松本に到着しました。特急あずさだとアウトでしたね。
中央高速も通行止めだったのですが、通行止め前に高速に乗っていたので、2時間遅れで松本到着。ま、かなりぐったりしていました。4列シートで満席の高速バスに6時間は、かなりつらいですね。
午後は、宅急便で妻の荷物が届き、それを整理して買出しに付き合い、近所の銭湯ではなく浅間温泉に浸かっていただきました。
とある地方勤務時代、窓口業務担当者の疲弊という課題を担当しました。
要するにクレーマー対策です。で、まずはクレーマーの定義を明確にすることから始めました。具体的事例を列挙し、あと誰かがよくスーパーなどにある「お客様の声」を写真で撮ってきていて、それも混ぜました。
出た結論は「善意の悪用・善意の強要」。
善意の強要とは、要するに「いけないことを今回だけ特別に私にだけ認めろ」ということ。顧客の困りごと・課題に対し「人道的配慮」が必要な場合があります(ただし、それは「配慮する側が判断すること」です)。
また、人道的配慮で超法規的な措置をしたことを「当然の権利、過去の実績、あの時はこうしてくれた」として他者に伝えることもあります。「今回、特別に、あなたにだけ」だったんですけどね(笑)。にもかかわらず、相手に善意を求め続ける…これはクレーム。善意の悪用も同じ。スーパーで無料のビニール袋を大量に持っていく人とか。
で、クレームを放置すると社会から善意が失われ、本当に困っている人に支援が届かなくなる、さらにいえば困っている人には関わらない方がよいという自己防衛の知恵が優先される。善意によって悪に巻き込まれるのは勘弁という人が増えるという悪循環が生まれます。
そもそも善意とは、相手の自力更生を促すために「その場で一回限定で示すもの」です。それを、何度も求められれば「仏の顔も三度まで」ですよね。
というわけで、窓口で「善意を求めてくる人が登場した場合は、役職者が対応する」というルールを立て試行したことがあります。問題は、対応する役職者が私だったことで、「よそ者の役職者の疲弊」という新たな課題を発見したがオチ。
あと悪意のないクレームに「試しに言ってみた」があります。
「無理とわかっているけど、ちょっと強めにいってみたら店員が値引きしてくれた」みたいな成功体験や、その手の交渉がコミュニケーションになっている地域に多い事例。でも、そういうコミュニケーション経験がない人、若い人、真面目な人は「試しに言ってみた(断られても仕方ないけど)」という相手の心理に気づきません。そして、目の前の相手とルールとの板挟みになってしまうのです。
そういう時、役職者・ルールを熟知している人・その窓口で過去にどのような判断をしていたかを知らない人(となるとよそ者の私が適任になるのですが)が対応することが、ま、解決になります。そもそも、国民の税金を原資とする公共サービスに「値引き・割り増し」があるわけないということに気づいてほしいのですけどね。
で、そういう人には「これが公務員ができることの限界です。公的支援の限界です。力不足で申し訳ありません」と謝罪していました。できない理由を「限界」と伝えました。教育委員会時代は「公教育、学校という教育の場ではもうここまでしかできない。これが限界です」と伝えていました。謝罪とともに、医療なり、福祉なり、予備校なり、警察なり、裁判所なり、弁護士事務所なり、あなたが訴える課題の専門家のところでご相談くださいです。
そこまで伝えて、それ以上問題が大きくなることは(幸い)なかったです。
なぜなら、「試しに言ってみた(断られても仕方ないけど)」からですね。
早期退職×リモートワークになってよかったのは、そういう「悪意をもって人を試そうとする人が周囲にいなくなったこと」が大きいです。
もし、そういう人に苦しんでいるならば、そういう環境から早めに離れることをお勧めします。