55歳で退職したおじさんのブログ

投資・副業・役職経験のない平凡なサラリーマンでした。贅沢しなければ辞めても暮らせる程度に貯まったので早期退職。「健康で文化的なビンボー生活」を楽しみつつ、旅行、沖縄、小説、アーリーリタイア、健康、メンタルヘルス、シニア、ライフスタイル、不動産購入、ブログ、日々の暮らしなど記していきます。

日々雑感(出る杭は打たれるという現実のことなど)

               白馬村の景色

 

 例年だと、もうこの時期はノーマルタイヤでほぼ大丈夫。

 写真は一昨年同日の白馬村。雪は残っていますが気温は氷点下を脱し、道路は乾いていて、日陰でも問題なかったです。

 しかし、本日の松本は雪。昨晩から降り始めた雪は午後まで続くようで、しかも積もるタイプの雪。市街地でも最大5㎝の積雪とか…。

 実は、今日から県外に宿泊付でドライブと思っていたのですが、無理。

 困ったのは冷蔵庫がほぼ空なこと。あるのはキムチと蒟蒻、保存食の乾麺とカップ麺が1つ。ま、今日はこれでしのぎます。もし雪が止んだら少し買出しかな。こういう時、モールやコンビニが近所にあるのは助かります。

 

 松本にはアマチュアの市民オーケストラが複数あります。

 松本はスズキメソード発祥の地ですからね。また信州大学の学生オーケストラがとても上手です。そういう人たちが社会人になっても演奏を続けているんですね。

 地方にあるアマオケは、だいたい地元国立大のオーケストラ部が母体となることが多いのですが、大学のない小さな街にも伝統ある市民オーケストラがあることも。

 地方勤務時代、そういう市民オケの定期演奏会を聴きに行き、パンフレットやHPに掲載されているオーケストラの歴史や演奏会の記録を見ると、お! と思うことがあります。創立当初の演奏会の指揮者に「小澤征爾」とあるのですね。

 まだ渡欧前、ブザンソンの指揮者コンクールで優勝する前の国内修業時代、大学を出て師匠である齋藤秀雄のアシスタントをしていた頃ですね。おそらく、その街に桐朋学園の卒業生がいて、母校に頼んだらやってきたのが無名時代の小澤さんということと推測できます。

 その市民オケの重鎮たちは「このオケは小澤征爾が指揮したことがある」ということをとても大事に、そして誇りにしていました(ただ、その時の記憶はあまりないみたいだったことは秘密です)。

 

 のち小澤さんは、ボストン交響楽団音楽監督になります。

 今考えるとこれはとんでもないことで、野球で言えば日本人がボストン・レッドソックスの監督になることに近いでしょう。今だと松井秀喜ニューヨーク・ヤンキースの監督になるみたいな。

 ボストンの次、ウィーン国立歌劇場音楽監督に就任します。サッカーで言えば日本人がブラジル代表チームの監督になるみたいなことで、やはりとんでもない出来事だったと言えます。

 

 ただ、そんな小澤さんは1960年代にNHK交響楽団の指揮者に招かれ、そこでいろいろあって「お前の指揮では演奏できない」と演奏会をボイコットされたことがあります。俗にいう小澤=N響事件ですね。いろいろについての真相は当事者しかわからないことなのですが、個人的にはまぁどちらにも非があると思います。

 ただ、当時の人たちにも「権威主義的な人々が、若く新しい才能を持つ人間に嫉妬し、生意気だといってつぶしにかかった」という分析はあったようです。

 ちなみに、NHK交響楽団からボイコットされたことを知った人々が、日本フィルハーモニーと「小澤征爾の音楽を聞く会」を事件の翌月開催しています。

 その主催者には、團伊玖磨黛敏郎武満徹石原慎太郎井上靖三島由紀夫中島健三、大江健三郎浅利慶太というなかなか錚々たるメンツが並びます。

 

 な~~~んか、そういうことって今もありますね。

 若さゆえにとがっていることも、失敗もあるのでしょうけど、そういうことは誰にも身に覚えがあるわけで、そういうことを「成長への通過儀礼」ととらえ寛大に受け容れる余裕のない大人は、いつの世にも存在するようです。

 最近は、それがネット上で「アンチ」として可視化されることもありますし、報道にもやや権威主義的偏りを感じることもあります。また、若い人にも、自分と異なる才能を持つ人の足を引っ張る人がいます。これも昔からですね。

 

 人口減少時代なんですから、つぶし合いしている暇はないのですけど…と思う今日この頃です。