
朝方の最低気温はまだ氷点下ですが、体感はかなり暖かくなったな、春が近づいてきたなになってきました。
朝日が部屋に入ると、灯油ヒーターを切っても大丈夫です。
早期退職して5年近く経過しました。
移住である程度の資金は吐き出しましたが、そのことで生活維持費が下がり、お仕事の収入もあって、資産を崩しての生活ではなくなりつつあります。
早期退職時には賃貸でしたが、賃貸のまま5年と、移住×不動産購入の5年とを比べると、現時点では後者が正解と言えます。
現在の資産をベースに、65歳から年金受給(お仕事はやめる)、物価上昇率2%、投資利率5%で「70歳時点で現在と同じ資産を維持する」ためには…が現在のテーマ。
70歳時点で今と同じ資産額を保有しておくことが重要だとわかってきました。
私が、日本男性の平均寿命で召されるなら「65歳で完全リタイア×年金収入のみ×人生最後の5年間を施設で暮らす(月額30万円想定)」で大丈夫。
しかし、平均寿命+5年で破産します。
となると、無駄な長生きのリスク管理はこんな感じ。
1.マンション維持×自宅介護
2.65歳以降も.お仕事を継続(稼ぎは減ってもよい)、
3.年金受給を遅らせて額を増やす
と考えたところで思い出したこと。
父もそうでしたが、上の世代には「長生きに執着する人」がいます。
もう一回東京でオリンピックを見るんだ…とよく言われました。今だと大阪万博ですかね(前回は昭和45年)。90歳、100歳までという数値にこだわる人もいます。
で、あくまで個人的体験ですが、そういう人に「権力への執着」「町おこしへの積極的関与」「行き過ぎた助言」が多かったです(父もそうでした)。
あれは…「長寿への執着とリスク」というアンビバレンツな感情の表出だったのかな…と感じます。捨てられないこだわりが不安の根源ということに気づいていても言語化はできず、できるのは「こだわり続けることだけ」で、欲しいのは「承認」だったのかもしれません。
そして、長生きによる自己の経済リスクを回避するために「自治体の予算を使ってビジネスをする」「公共サービスの無料化を求める」という行動に走ったのかも…と思ったりしています。要するに「自分のお金は遣わない、遣いたくない」ってことですね。
私も気をつけようと思います。
個人的には長生きは望んでいません。たとえば70歳で寿命が終わるとわかっていれば、少し暮らしを贅沢にして、年金受給はせずに生涯を終えて満足です。
もっと言えば、「北海道・九州・四国を一周するドライブ旅行」ができればもう思い残すことはありません。
というわけで、春は北海道と考えています。
節約とポイント活動に励みます。ウィークリーマンションとか借りて滞在型にできればと思う今日この頃です。