55歳で退職したおじさんのブログ

投資・副業・役職経験のない平凡なサラリーマンでした。贅沢しなければ辞めても暮らせる程度に貯まったので早期退職。「健康で文化的なビンボー生活」を楽しみつつ、旅行、沖縄、小説、アーリーリタイア、健康、メンタルヘルス、シニア、ライフスタイル、不動産購入、ブログ、日々の暮らしなど記していきます。

日々雑感(高校生との対話のことなど)

               君の名は…

 

 先日、学習支援で高校2年生の方とお話しする機会がありました。

 そこで「古典を学ぶ意味は何か?」という話題が出ました。この話題、根強く残っています。頭のよい生徒さん達ですから、勉強しない理由を正当化するために「何のために学ぶのですか」と主張しているわけではないです。これをどのように活かすか、楽しむかが論点です。そこで、私はAI使って遊んでみることをお伝えしました。

 たとえば、源氏物語「桐壺」の冒頭を「公共倫理の視点で分析してください」とAIに伝えるとこんな返事がきます。

 

1. 身分制度と差別:

  • 冒頭では、帝の寵愛を受ける「桐壺の更衣」が、他の身分の高い女御たちから妬まれ、いじめられる様子が描かれています。これは、当時の身分制度がもたらす差別や不平等を示唆しています。
  • 桐壺の更衣」は、身分は高くなかったものの、帝の深い寵愛を受けました。このことは、個人の能力や魅力が身分を超えて評価される可能性を示唆する一方で、それが周囲の妬みや反感を買うという、当時の社会の複雑な側面も浮き彫りにしています。

2. 権力とハラスメント:

  • 帝の寵愛を背景にした「桐壺の更衣」に対する周囲のハラスメントは、現代の職場におけるパワーハラスメントにも通じるものがあります。
  • 権力を持つ者が、そうでない者をいじめたり、差別したりする行為は、いつの時代にも見られる公共倫理に反する行為と言えるでしょう。

3. ジェンダーと社会的役割:

  • 当時の女性は、男性の庇護の下で生きていくことが一般的であり、その中でいかに生き抜くかが重要な課題でした。
  • 桐壺の更衣」は、帝の寵愛を失うと同時に、後ろ盾を失い、悲劇的な運命をたどります。このことは、当時の女性の社会的脆弱性を示すとともに、現代においてもなお残るジェンダー格差の問題を考えさせられます。

4. 個人の尊厳と共感:

  • 桐壺の更衣」の境遇は、個人の尊厳が尊重されない社会のあり方を問いかけます。
  • 彼女の悲劇を通して、他者への共感や思いやりの重要性が示唆されています。

5. 現代社会への教訓:

  • 源氏物語』は、千年以上の時を経た現代においても、公共倫理について深く考えさせられる作品です。
  • 身分、権力、ジェンダーなど、現代社会においてもなお残る課題について、私たちに多くの示唆を与えてくれます。

補足:

  • 桐壺の更衣」へのハラスメントは、現代でいうところの「マタハラ」にも近いものがあったと考えられます。
  • 桐壺の更衣」の死後、光源氏が誕生し、物語の中心人物として成長していくことで、個人の能力や魅力が身分を超えて評価される可能性が描かれていきます。

これらの分析を通して、『源氏物語』が単なる恋愛物語ではなく、当時の社会や人間関係における公共倫理の問題を深く掘り下げた作品であることがわかります。

 

 というわけで、AIの見解が正しいかどうかの検証は必要ですが、作品の背景の理解につながる内容と言うことはできそうです。

 すると、ひろゆきホリエモン、石丸伸二でやってみるとか、いろいろなAIで試すとか、林修先生に解説させるとか、Creepy Nuts風に現代語訳してみるとか、そんな感じで遊び始めました。もちろん、AIの回答はフィクションであることが前提ですが、そこに「古文と現代社会との接点」を感じてくれたようです。

 多分、高校生の中にはすでにAIをかなり高度なレベルで活用している人もいるはずです。そういう人を見つけて、文学作品の分析や創造的な視点を進め、勉強を研究に進化させてくださいでこの話題は終わりました。

 

 AIを使ってズルをする…というイメージが強い人がいて、そういう人が近くにいると活用が進まない、活用する人は黙っているという悪循環があるみたいです。ま、こういうことはAIに限った話ではないですけどね。

 そういう状況だと、外の人間が悪循環を断った方がよいみたいです。

 それも学習支援に期待される役割だそうで、現場の先生方の苦労をそこに感じる今日この頃です。