
某ドラマのロケ地(愛媛県松山市)
私が社会人になったのは平成元年4月、いわゆるバブル入社組。
平成元年=1989年です。つまり私の「高校入学~大学・大学院~就職の9年間」は1980年代になります。この1980年代的価値観が、今裁かれていると言えるでしょう。
1980年代、私はゆるゆるの文化部×自由過ぎるミッションスクールにいました。
一方、奴隷を経験している人もいます。ある地方の伝統校×進学校×男子高出身の知人から聞いた、所属していた部活動の伝統行事のエピソードはこんな感じ。
夏休みに部活動の合宿がある。合宿は学校内の合宿所で行われ、夜は大広間で雑魚寝。昼間の練習で疲れた1年生が寝ていると、深夜、複数の先輩に襲われ「布団をはがされる~衣類を全部はぎ取られる~はがされた布団で巻かれる(布団蒸しですな)~一通り終わると窓から外に捨てられた衣類を取りに行く」が伝統行事だったそうです。
1980年代(昭和50年代)でも、それで部活動を辞めた同期がいたそうです。あるいは、そういうことがあると知って入部を辞めた同級生もいたとか。
しかし、そこで生き残った人、伝統を継承した人が組織人として評価された時代と言えるでしょう。そういうことをされて退部したヤツは弱いヤツ、そういうことを聞いて入部すらしなかったのは使えないヤツという評価が1980年代的価値観。いじめられる側に問題がある、辞めるのは逃げだという発想も、1980年代的価値観と言えるでしょう。
お仕事なんかも「できる人に集中する」「頼まれた仕事は断らない」が美徳とされていました。これがブラック化の温床。
たとえば、地方のテレビ局から公務員に転職した知人によると「アナウンサーの出演」は、番組の担当者(PやD)がリクエストするそうです。
ということは、番組担当者からの指名がないアナウンサーは担当番組がないまま、アナウンス室の事務作業をするだけになる。となると、アナウンサーとしては「指名されること」が生存戦略になります。つまり、担当番組をたくさん持って忙しいことがアイデンティティになるわけで、組織としてはブラック化の温床となりがち。
今は「アナウンス部長」が平均的に割り振ること、育てるという観点で番組出演のリクエストをする方向になっているとか。しかし、制作現場のPやDは数字を持っているアナウンサーが欲しいわけですし、アナウンサーも「依頼したのに断った」と言われるのは怖いわけで、ここにもまだ1980年代的価値観が残ります。
公務員時代、異動してきた新しい上司の挨拶の言葉に「忙しい公務員になってください」がありました。たくさんの人に頼られて、多くの業務を抱えて、終電を逃してタクシーで帰宅するのがすぐれた公務員なのだそうです。
朝5時にファミレスに入ってお仕事・勉強をしてから出勤することがルーティンとなったのはその頃。
1980年代的価値観から距離を置いた学生生活を送っていた私が、1980年代的価値観にどっぷり浸っていたのが、2000年代の初め×30代の後半だったというオチ。
コロナを経ての社会の変化は、1980年代的価値観の清算と言えるでしょう。
というわけで、最近は「依頼された仕事を断ること」もしています。
質が保てなくなるほど自分を追い込まないってことですね。質を維持していれば、お仕事は途切れないということ。貸し借りという人間関係で仕事を作らないでよいのが、とても楽です。はい。