
雪の秋田駅
昨日は、予定していたノルマを10枚下回りました。そこでダウン。
ただし、全体では計画より30枚進んでいたのでまだ貯金があります。
今日中にすべての評価(400枚)を済ませ、見直し1回目に入ろうと思います。
自分が嫌と思うことを他人にしてはいけないよ…という道徳があります。
これは聖書にも論語にもありますし、仏教にも同様の考えがあると聞きます。
これなんですけど、「自分が嫌と思うことを強いられる生活」をしていると、自分が嫌と思うことを他人に強いるようになるのではないでしょうか。
嫌々勉強してきて、でもその勉強で成功をつかんだ体験のある人は「教育熱心な親」になる可能性が高いということ。
お仕事でも「嫌な業務を我慢して続けている」と、元々穏やかで親切だった人柄が変わっていくことがあります。逆もありますね。ある部署ではとても評判が悪く、仕事や人間関係に問題を抱えていた人が、別な部署に異動すると人が変わったように穏やかになり、能力を発揮し始めるという経験を何度かしました。
どんな職業でもそうですが、成りたくてなった人と、諸事情によって成らざるを得なかった人がいます。
公務員も、特に地方に行くと「長男・長女だったから」「親もそうだったから」「家庭の事情で高校を出たら地元で働く以外の選択肢がなかったから」「周囲に勧められて」という方が意外と多いです。ただ、そこで公務員というお仕事の使命感ややりがいを自分で見つけてモチベーションに変換できた人は、バリバリと仕事をします。
話が逸れますが…よく話題になる石丸さんも、「私の地元は人口2万人台の小さな自治体です。でも市長になって、市役所職員の能力の高さには驚きました」と言っています。逆に言えば、もっと偏差値の高い大学、大きな企業に進んでたくさんの収入を得る能力を持っている人が、「長男・長女だから」「家に経済的余裕がなかったから」という理由で地元の役場に勤めざるを得なかったとも言えるでしょう。
話を戻して…、でも、諸事情によって嫌々公務員になった、稼業を継ぐ的に公務員になった、そして公務員という仕事に使命感や意味を見出せないまま働き続けてもう結構な年数になった…という人もいます(滑り止めの大学に進んだ、本当は別な企業に行きたかった…というケースも同じかもしれません)。
つまり、嫌なことを我慢し続けている人ってのは、機嫌が悪くなりやすく、それが人間関係などのトラブルにつながりやすいという潜在的危機を背負っていると言えるでしょう。一方で、本人が嫌なまま我慢してお仕事や勉強をしていることに周囲が気づかない、本人もそのことを周囲に見せないケースも少なくないです。嫌で我慢しているのに本人の能力は高いという場合、どんな仕事もこなせるので便利屋のように使う、業務負荷が高まるという状況になりがち、するとその人が壊れる可能性は高まります。
突然辞める、何か事件を起こすなど「あの人が…」とみんな驚くようなトラブルを惹起するのは、そういう背景を見逃している周囲にも原因があると言えます。嫌なことを我慢していた人が、その臨界点をこえて自分が我慢していること、嫌なことを周囲に強いるようになるんです。たとえばハラスメントの当事者には、そういう傾向があります。
早期退職したおかげで、壊れずに済んだというか、壊れた部分が修復できたと実感する日々です。
早期退職後の暮らしは、壊れた自分の自然治癒と思えばよいのではないでしょうか。
自分が嫌と思うことを、自分に強いないことです。
私は「規則正しい生活」を放棄した瞬間から幸福度が高まりました(笑)。
というわけで、仕事に戻ります。
仕事は好きではないですが、頑張った分だけ稼ぎになる、努力が金銭で可視化される暮らしはモチベーションを喚起します。今日も稼ぎます。