55歳で退職したおじさんのブログ

投資・副業・役職経験のない平凡なサラリーマンでした。贅沢しなければ辞めても暮らせる程度に貯まったので早期退職。「健康で文化的なビンボー生活」を楽しみつつ、旅行、沖縄、小説、アーリーリタイア、健康、メンタルヘルス、シニア、ライフスタイル、不動産購入、ブログ、日々の暮らしなど記していきます。

日々雑感(歴史の法則のことなど)

                            志賀高原の国道から(右上が草津の街並み)

 

 午後4時から深夜2時半まで、記者会見をフルで見ました。

 妻は企業人として、私はお仕事のBGMとして。

 おかげで私のお仕事は予定以上に進み、妻は企業の危機管理について大いに学んだというオチになります。トイレに立つ、コーヒーを淹れるとかの時間もありましたから「完全に張り付いて、一言一句逃さず」ではないですが、そこで何があったかは一次情報として把握できました。

 今朝、報道機関がどんな視点でどんな記事を書いたかを見たところ。かなり時間を使って質問(?)をしたフリーランスの記者がどんな記事を書いたかはわかりません。その人たちの記事はまだ見つけられません。

 

 課題を「人間関係で解決に導く発想」があります。

 根回しとかもそうですね。影響力を持った人を味方につけること。

 私自身の2度の転職、そして早期退職後に得た今の仕事も「人間関係の延長戦」にあります。お仕事を通じて人間関係があって、そのネットワークの中から転職を勧められました。ただ、公務員への転職は「公務員試験の受験」が必要で、きちんと点数を取って合格した…と言ってもなかなか信じてもらえないんですけどね。

 公務員から民間に移った時も以下同文。新規業務の経験者を探している企業にいた知人から誘われ、公募していた中途採用に応募しました。エントリーシート・課題小論文・口頭試問から始まって三回の試験を経て何とか合格したんです。でも世間の印象は「公務員の天下り」になります。

 転職後は、公務員時代の人脈(つまり公共事業への参画)は使っていません。

 私の業務は「事業の立ち上げとその質を高めること」で、営業ではないんですね。そういう募集でそういう採用です。でも、私のことを天下りの元公務員と揶揄する人が、あいつは天下りのくせに公共事業獲得に役に立たないとか言います(笑)。問題解決を人間関係で進めることを否定する人が、あいつは人間関係での解決ができないと言って私を否定するのです。

 

 問題解決を人間関係で進めることは否定しません。

 ただ、人間関係という手段を使った解決方法は古い組織にありがちなことで、そこに不正はなくても「第三者に疑念や誤解を与える可能性」があります(そこで公共事業では「入札」をしています)。ですから、今は「集団知」の形成が大切で、多様な専門性を持った人間による複数の視点によって問題の構造を解き明かし、ゴールに対する最善なルートを選択することになります。

 

 たとえば、フランス革命では「のちに市民と言われる人々が集団知」を形成します。それが民主主義であり、封建制度を倒すために作った制度が「議会・多数決・選挙」というシステムになります。ただ、その制度が出した結論は「死刑」であり、ルイ16世・マリーアントワネットなどの支配層が断頭台に消えます。やがて、その支配層を裁いた市民のリーダーであったマラーは暗殺、ダントンは断頭台に送られます。

 制度は新しくなっても、そこで導かれる結論や、結論を実行するための手段は「オールドスタイルのまま」という逆説。

 

 オールドメディアを断罪しようとするニューメディアという図式も同じで、ニューメディアとされる立場の中に「該当者を断頭台に送れ、当事者が公表を拒んでいることを公表しろ、断頭台に送る・公表することを自分と約束しろ」と迫る人がいます。これは解決を人間関係で進めようとしているに過ぎないと言えます。

 歴史の法則に従うならば、やがて組織の幹部は辞職することになりますが、それを裁こうとした記者の何人かも記者を続けることが難しくなるでしょう。

 

 妻は妻で、別の視点で昨日の会見についてのレポートまとめています。

 今夜もう少し壁打ちをして、それぞれの仕事に活かしましょうとなりました。

 そんな今日この頃。今日もお仕事頑張ります。