
某テレビ局の話題ですが、妻が興味津々です。
と言っても、登場人物のファンだったとそういうことではない。
企業のコンプラ・ガバナンスなどの「失敗事例」として興味があるそうです。
さすが、役員になる人は発想が違う。
ただそこには、寿退社が当たり前だったバブル入社時代の女性社員として唯一在職している自己の経歴と重ねていろいろ思うことがあるようです。
学生結婚×入社時に既婚者ではあったのですが、もちろん周囲はそれを知らない。合コンに誘われる・お局扱いされることも。また、当時の価値観は「女性社員は接待要員」でもあり、逆に言えば接待要員に選ばれることが仕事のできる女という評価、男性と対等に仕事を進めることができる立場になる入口でもあったわけで、もちろん、そのことに疑問を感じつつもその現実を飲み込むことで「社会人として自立すること」を実現してきた時代の生き残り。
ちなみにですが、女性社員は接待要員というのは現代の価値観からの言語化に近いです。個人的な見解は「男女問わず若手は接待要員」。とくにお酒が強い人、大学ゴルフ部出身者は接待に駆り出されることが多かった印象。私の場合、逆にお酒が飲めなかったので「送迎・介抱要員」として抜擢(?)されたと言えます。
学生時代に読んだ課長島耕作の「中沢部長のエピソード」に近い実体験をしたのもその頃。中沢部長は京都大学経済学部大学院を経て初芝に就職。そして、夜の接待に駆り出されてお座敷相撲をやらされる。大学院まで進んで日本の大手企業に就職して最初にやらされるのがお得意先に笑われながらのお座敷相撲。私も最初に就職した民間はバブル全盛期でしたから、銀座でタクシーを調達することに奔走し、ダメなときはレンタカーを借りて自分で運転するなんてこともしました。
話を戻しまして、妻が言うには「公務員は男子校文化に近い」「大手民間は体育会文化に近い」と。つまり、日本の官僚機構・企業文化で最強だったのは「男子校×上下関係の厳しい運動部で過ごす×偏差値65以上の大学を卒業している人」だったと言えるでしょう。
しかし、そういう人の中にコンプライアンスとかハラスメントとかを、頭では理解できても「いけないことであること」に感覚的に気づけない人がいる。それが個人の問題の範囲であれば当事者間での解決が導けますが、組織レベルになると無理。
そして、こういう問題を起こしてしまうのは「かつて日本の官僚機構・企業文化で最強だった人たち」に多いというのが妻の仮説。
で、そういう「最強だった人たちと、最強の人たちにとって居心地のよい組織」がコンプライアンス・ガバナンス的な問題を抱えた時、どうするか、どうなるかに興味があるそうです。ちなみに「最強だった人たちがなぜそういう問題を起こしてしまうか」については興味ないそうです。なぜなら、そういう人たちがそういう問題を起こすのは必然だから…と。
早期退職して5年近く経過すると「組織で働いていたこと」を忘れつつあります。それは「個人の感覚、公共の価値観」というものを取り戻しつつあるということかもしれません。
その先に「個人の自由×小さな幸福」があるような気がします。はい。