
冬の松本城
少し前の妻のことを書きました。
その際、コメントいただきました方、ありがとうございます。
そうですね、妻が本当に長野勤務になったら、主夫×アッシーとして尽くしてもいいかもしれません。今でも、妻が松本に来た時はのんびり時間を過ごしてもらうようにしています。
さて、そんな妻の人事ですが、本人にとって本意ではない方向に進んでいるようです。
簡単に整理すると、妻は役職者なので定年は63歳。仕事へのモチベーションに変化はないですが、あと5年今の仕事…というのはしんどいそうで、60歳での退職を内々に打診の打診しました。すると「中部地域の担当×長野暮らし」にするから定年まで辞めないでという、これまた内々の打診の打診が返ってきたという…。
「会社から評価されている」という単純な話ではないそうで、そこには妻には関係のない様々な思惑がからんでいるそうです。ま、よくある話ではあります。
さてさて、世の中には「他人の人生に口を出すのが好きな人」ってのがいます。
他人の人生に口を出すパターンはいくつかありますが、その一つに「転職・退職に反対する」があります。類似事例では「異動・転勤する人に嫌みを言う」もあります。
要するに「会社を辞める・組織を離れる」ということに強いマイナスイメージを持っているんですね。石の上にも3年という言葉がありますが、社会人は定年まで石の上に座っていろということのようです。「自分で決めたことを変更するな」が好きな言葉。
上のことはおっしゃるとおりで、私も若い頃はこの価値観で育ちましたし、今でも「早期退職は失敗だったかな、辛抱足りなかったかな」と思い返すこともあります。
でも、私なりにいろいろな経験をして、「そもそも石の上に座らすな」「座布団くらい敷かせろ」「私が決めたことに口出しするな」と思ったこともしばしば。
さらに言えば「早期退職・転職」は本人の意思ですが、「異動・転勤」は本人の意思・希望ではないこともあります(その方が多い)。それに対して、ネガティブな発想しかできない人にはほとほと疲れました。
妻の件も「大人の事情」だけではなく、「定年前に辞めるなんて」という個人の価値観が組織の決定に影響しているような気がします。
仕事のモチベーションは変わらない妻が、定年まではしんどいな…と感じているのは、そのあたりにあるのかもしれません。
人の人生に口を出すタイプの人が組織において影響力を持ち、その価値観が組織の最終決定に反映されるようになると、ちょっとしんどいですね。もちろん、特に最終決定のような場面では個人の価値観が決定に影響しやすいです、それ以外に決定の根拠がなくなることもあります。ただ、そういう場面では「合意と検証」が必要。
ウェットな場面こそドライにですね。
ただ、ドライな決断は「円満退職の妨げ」になることもしばしば。しかし「円満退社できない人がいる組織」は、組織そのものがウェットだったり、あるいは退社する人がウェットな感情に捉われて土壇場で失敗・失言するケースもあります。
というわけで、妻の人生には口を出さずにと思います。
そこはドライに。