
風邪的な症状はだいぶ楽になりました。
薬が効いてきたようです。あと、薬を飲むためには何か食べないといけないと考える昭和世代なので、食欲がなくても何か作って食べることを優先します。それがよかったのかもしれません。
ただ、原稿はあまり進みません。本当は昨日で完了の予定でしたが少し持ち越しました。頭が働かないんですね。老化もあると思いますが、11月以降ずーっと書き続けてきたことが大きいと思います。
仕事の原稿だけでなく、大学の卒論やレポートもありましたし、テストライティングもありました。そんなこんなで、さすがにへばってきたようです。
幸い、手元の原稿を提出すれば、10日ほどオフになります。
これが私の冬休み。断捨離と掃除とに励みます。
ちなみに、年末を娘が暮らすオーストラリアで過ごし、元旦に帰国した妻ですが、こちらも寒暖差にやられて風邪だそうです。ま、そんなものでしょう。
で、その妻ですが、来春から長野県に転勤の打診を受けているそうです。
妻は偉いので63歳定年。ただ、そんなに長く働くのは個人的にはもうしんどいそうで、60歳での退職を考えている(迷っている)状態。そのことを会社に伝えると、できれば63歳まで頑張って欲しいとの返答だったそうです。
これはですね、バブル入社組で唯一生き残っている女性社員である妻を、ある意味象徴として利用している部分もあるわけで、その人が早期退職してしまうのはちょっと…という組織の都合も大きいそうです(本人談)。
そこで、妻を中部エリア担当にして、本社×長野支店勤務にという打診。
長野支店は長野市内にありますが、妻の会社の工場や関連企業は安曇野市・塩尻市にもいくかあります。つまり、ご主人(私)と一緒に暮らせる場所での勤務も可能にするから…ということらしい(本人談)。
こちらの工場には何か問題でもあるの??と聞くと、工場勤務は高卒・大卒の割合が半々。ただ、ベテランと新人との間の世代がいない。理由は、20年前高卒で入ってきた社員の業務は「ラインに沿った単純労働」だった時代で、その世代がどっさり転職していったから。そういえば、今のマンションを購入した時、お世話になった不動産屋さんの社員の一人と「高卒で地元の工場に就職したのですけど、同じことの繰り返しが嫌で、少し前に今の仕事に転職しました」と会話したことを思い出しました。
今の工場に単純労働はないとは言い切れませんが、ものづくりは「職人技×科学力」の掛け算なわけで、いずれ「自分の頭で考えること」ができないと工場も滅ぶ。
つまり、そういう「採用×教育」をしないといけないのですが、それが地方の工場ではあまりうまく進んでいないとのこと。それだと、妻の担当業務。
どーすんのと聞くと、年取って転勤とか新しい業務を担当するのはしんどいけど、長野で暮らすのは魅力…だそうで、年間では東京と長野と半々の滞在になるとか。
詳しくは明日以降ね…だそうです。
妻がこの打診を受け容れた場合、私は妻の専属ドライバーになるでしょう。長野支店に通う場合は松本駅、工場に行く時はそれぞれの工場まで「送迎」すること確定。
ちなみに、Googleに「タクシー料金メーターアプリ」があります。
これを使って「有料業務」にしようかと思います。
ええ、夫婦と言えども財布は別。そこはビジネスで。