
ビンボー生活ではありますが、とりあえず食えていること、学びを継続できていること、組織に所属するストレスから解放されている状況を見て、妻は「もっと早く退職しておけばよかったね」と言います。
その言葉を聞いて、大学院に進んだ頃のことを思い出しました。
私は大学院で研究に挫折、というか研究を目指す周囲の人々の優秀さに打ちのめされた過去があります。当時23歳。修士1年目で博士過程に進むことは諦めさてどうするかとなりました。当時の選択肢は3つ
①民間企業に就職
②予備校講師、もしくは高校教員
③通用しないとわかっていてもとりあえず博士過程に進む。
おそらく博士での論文は通らないので単位取得卒業。
そして、非常勤で大学に残りつつ、高校で非常勤講師
選択は「①」で、現在に至ります。
年末に思うのは、あの時「③」を選択していたらどうなっただろうです。
この場合、20代から非正規ビンボー生活になります。ただ、その後大学のシステムは大きく変わりました。お情けと人手不足で助教になれたとしてもそこまで。その先にあるのは雇止めか予算削減による解雇。となると国内の大学の求人か、予備校講師の採用試験を受け続け、お祈りメールに心削られる暮らしが予想されます。また、年齢を重ねるたびに「そもそも採用条件に当てはまらない」「知の世界の進歩についていけない」状況も増えます。
その場合、年収200万円、厚生年金加入期間が短い、賃貸も借りにくい、生涯独身で年金受給額は月一桁万円という人生だったと思われます。都内の実家は持ち家でしたから、現実的にはそこで親と暮らしていたでしょう。そのまま、両親のいない古くなった実家で本と論文に埋もれ、ご近所から「何をしているかよくわからない高齢独身男性(犯罪者予備軍)」になっていたと思われます。
博士に進んだとしても、当時の私ならおそらく教員の採用試験を受けたと思います。一応、付属高校の講師(産休補助)をしたり、予備校でも通年の講座を持っていました。両方受けて受かった方に就職ですね。
ただ、公務員×教育行政も経験した身としては、自分が教員として通用するかは疑問です。現場では「東大受験・部活動・不登校すべてに対応でき、保護者の満足を導ける教員であること」が求められます。私には無理ですね。
そもそも研究志向の人間が教育現場で役立つのは「それなりの進学校」に限られるわけで、そうなると教員になっても早期退職した可能性が高いです。
そうやっていろいろ考えると、大学に残った場合は研究も暮らしもままならず、教員になった場合収入は安定しますが結局早期退職する未来が予想されます。
どの道を選んでも、結局は似たような人生をたどって現在に至るようです。
そうなると、民間就職~公務員に転職~転勤族~早期退職~地方移住という現在を導いてくれた23歳の選択は、一応間違ってはいなかったと思えるようになりました。
そのココロは、転職・転勤・地方移住は、私にとってのフィールドワークだっだということ。研究室では学べなかったことを、そうやって学んだのかと思うのは卒業論文が完成したから。論文内容はほぼフィールドワーク。
というわけで、9時になったら論文を送信して仕事開始します。