55歳で退職したおじさんのブログ

投資・副業・役職経験のない平凡なサラリーマンでした。贅沢しなければ辞めても暮らせる程度に貯まったので早期退職。「健康で文化的なビンボー生活」を楽しみつつ、旅行、沖縄、小説、アーリーリタイア、健康、メンタルヘルス、シニア、ライフスタイル、不動産購入、ブログ、日々の暮らしなど記していきます。

日々雑感(結論を裏付ける事実を恣意的に選択した考察のことなど)

 

 今朝も4時過ぎに目覚めまして、そのあと散歩に出かけました。

 朝夕二回散歩するようになっても大きな変化はないです。

 強いて言えば、体重の維持が楽になったことでしょうか。あと、余分な肉が少しずつ落ちてきているのは実感します。

 あとは、歩きながら頭の中で原稿を書いたり、決断が必要なことの根拠を探したりという作業をよくするのですが、それが1日2回になりました。そういう意味で、机の前で唸る時間は減ったかもしれません。

 いずれ、1日2回散歩することが習慣になるまで続けてみようと思います。

 

 都知事選が話題ですね。

 妻は都民なので投票権があります。不在者投票してきたとかで、「人口減少に課題意識を持っている人に入れてきた」だそうです。

 公務員時代、人口減少を前提とした課題解決プロジェクトを担当し、そこで様々な逆風を経験した身としては、なかなか感慨深いものがあります。「未来を根拠に考えること」を公約にする政治家がやっと話題になったのでしょうか。ただ、政治家個人にフォーカスがあたっているようで、「未来を根拠に考えること」への注目は弱いような気がします。

 心配なのは…未来を公約にすると逆風が強いんですね。

 有権者の利益とか、やや排他的な意見を強めに言った方が表面的な受けはよいという傾向はやはりあって、そういう「口には出さない本音」が投票用紙を前にした時、衝動的に出る部分もあるようです。

 

 高校生の小論文を読んでも、「結論」が先にあってその裏付けになるような事実を恣意的に選択して論じるものが一定数あります。先にある結論とは「感情論」であることが多いです。要するに好き嫌いですね。しかもクリティカル(批判的)という意味を勘違いしていることも多いので、徹底的に否定・糾弾する内容になっていることが多いです。また、表面的には論理的に見えますが根拠となる事実に客観性がなかったり、解釈と解釈の組み合わせだったり、文脈を無視した切り取りだったりするわけで、評価に値する考察とは言えない。

 しかし、本人の中では確信があり、客観性も論理性もあるという自信がある。 

 これを解きほぐすのはなかなかしんどいです。

 

 選挙ってのも、対立候補に対する攻撃的否定合戦になることが多いです。

 そろそろ、そういう選挙終わりにならないかな…と思います。