◆人事評価は難しいです
「結果を出せ、ノルマを果たせ、会社が儲かれば社員の給与も上がる!」
「24時間戦えますか」「男は社会で戦い、女は家庭を守る」という価値観は、令和の現在「ハラスメント」ですね(笑)。仕事が遅くて残業する人に「残業手当」が支給され、仕事が早くて提示で帰る人は「基本給のみ」ってのもよくあるパターン。
結果や成果が出しやす部署は有利かと言えばそうでもなく、そこで失敗する・結果を出せないとなると出世の道は閉ざされる。時には、意図をもって「地雷案件」の担当が降って来ることもあります。
物事には常に「二面性・多面性」があり、「性善説・性悪説」「加点法・減点法」という主観が存在する以上、「大きな組織で、公平・客観的な評価」をすることはとても難しいです。
◆「学習する組織」との出会い
いわゆる「システム思考」ですね。この本を読むことで、私の中の違和感が言語化されました。かつてのサッカー「レアル・マドリードの銀河系軍団」、長嶋巨人「各球団の4番打者が並ぶ打線」が期待するほどには勝てない…ことも自分なりに理解できました(笑)。脱線しますが…そういう意味では、現在の原巨人も気がかりです。
話を戻して、チームには「結果を出す人×パスを出す人」「塁に出る人(得点)×ランナーを返す人(打点)」「0→1にする人(ボケ)×1→10にする人(ツッコミ)」がいます。評価を得やすいのは「結果を出す人、打点王、ツッコミ」なんですね。
「各部署の精鋭を集めた最強のチーム」が自滅するのはそういうこと。チームドラーバーを「セナ×プロスト」で揃えることは、間違いなく「最強のチーム」ではありますが、持続性はありません。みんな一所懸命で、誰が悪いわけでもないのですが、内側から崩壊するんですね。それは、誰にも止められないんです。
◆存在を評価すること
念のためですが、私は評価制度の構築に関係していません。評価を受ける側です。
ですから、自分のプロジェクトチームに集まってくれた人がよい評価を得られるようにはどうすればよいかと考えることは多かったです。ちなみに、各部署から人を出してもらってチームを作ることが多かったのですが、派遣されてくる人は「評価としてはお荷物、もしくは暇人」とされている場合が多かったです。「日常業務×プロジェクト業務は兼任」なので、そういう人が対象になったのですね。
で、お荷物とされている人は「理系」が多かったです。専門性が活かされないんですね。暇人は「事務処理の達人」が多かったです。評価基準にあてはまりにくんですね。
というわけで、私のチームは「理系が専門×事務の達人」で形成されました(笑)。
サッカーで言えば「フォワードなし、ディフェンスとミッドフィルダーのみのフォーメーション」、野球で言えば「投手を中心に守り抜くチーム」です。こういうチームは「地域課題の解決」にはとても強かったです。
ただし、それほど高い評価は得られません。公務員の仕事というのは、水が出る日常の維持です。水が出る日常の維持はとても難しくなっていますが、水が出るのは当たり前です。ですから、それを実現しても「評価の対象」にはならないんです。
「存在」が価値として評価されるようになるといいのですけどね。
◆「成果×存在」どちらも価値として認める
現在の巨人で言えば、坂本と組んでほしいセカンドは、個人的には「吉川」です。
「坂本は結果を出す人×吉川は存在の人」なんですね。
少し前巨人のセカンドだった「仁志さん」は、ショートの名手として「川相さん」を挙げていました。同時代のショートには「小坂」「宮本」「鳥谷」「二岡」など名手が揃っています。それでも川相さんを挙げるのは、その存在なんですね。「仁志さんは結果を出す人×川相さんは存在の人」と言えるでしょう。
これが「地味にして最強×持続性の高い組織」というのが私の経験側。
バブル時代に社会人となった私の「価値観の転換」。
ただし、これ以降、私自身の評価は乱高下を繰り返すようになります(笑)。
評価が乱高下するようになったもの、人生の転機と言えるかもしれませんね。