テーマ「穏やかな生活」
早期退職生活にあたり、一番恐れていたのは「時間を持て余す」こと。
直前は「退職ハイ」もあって「退職したらあれも、これも」と妄想する日々でした。
しかし、新型コロナの影響で自宅引きこもり生活です。
結果として、それが良かったようです。
◆時間は余りません(笑)
「掃除・洗濯・料理」「買い物・読書・雑用」「二度寝・昼寝・早寝」で1日はあっという間です。時間に余裕はありますが、余りはありません。
4月から「主夫」になった訳ですが、そうなってわかるのは、世間から認められない「主婦」の大変さ。
公的な手続き・支払い・相談は「個々には小さなことでも件数は意外と多く」、買い物・料理には「小さな選択と決断、そして結果に対する評価」があります。買い物も特売日・割引日に加え、店による品質・価格の違いがあり、肉ならA店、魚ならB店、野菜ならC店と、これがいろいろあるんです、はい。朝起きて「快晴」なのを見て洗濯にかかると、干す頃に「雨」の日もあります。…心折れます。
それでも、数カ月経ってやっと「生活ルーティン」が少し確立してきました。
◆仕事をしていなくても体調が悪い日はある
体調の良し悪しは、仕事との関係性によると思っていました。
実際、それで入院したり、カウンセリングを受けたりしたこともあります。
で、仕事から離れれば元気になる…と思っていましたが、「思い込み」だったようです。仕事をしていないのに絶不調で、家事すら手に付かない日もあります。
これ「勤続疲労」ではなく、身体の「バイオリズム」と考えた方が良いと思います。奥様が「ごめんなさい、今日は体調が悪いの」と言うと御主人が「お前、仕事もしていないのに何だ!」と返すパターンがあります。これ、御主人が間違っています。主婦(主夫)の「体調不良・疲労」に対し、もっと理解が必要なことがよくわかりました。(このあたり、後日掘り下げます)
◆出掛けない、誰にも会わない生活で感じること
店・道・物価を覚え、ルーティンが回り始めると、新しい街に慣れてきたかなと感じます。いわゆる「穏やかな生活」ですね。
しかし「生活は穏やか」であっても、「心は穏やかではない」のです。新しい生活に慣れ、暮らしが穏やかになればなるほど「心は動き出す、騒ぎ出す、責め始める」のです。
この逆説は、創作活動する人にもあるのかもしれません。
志賀直哉が「暗夜行路」を書くためには「尾道」という穏やかな街の、穏やかな時間が必要だったのかもしれません。日常が穏やかだから、自分の内面という非日常と向き合えるのですね。「芥川龍之介」の日常も、非常にきちんとしたものだったと聞きます。そういう穏やかな日常から、あの非日常的な作品が生まれる…、そう考えるといろいろ思うことがあります。
◆過去の自分の無知と未熟さとに改めて気付く
そういうことです(泣)。
ただし、「過去の失敗を思い出し悔いる」という段階から一歩進み、「その失敗の原因に思い当たる」「不正解だった理由がわかる」「正解がわかる」になっています。
その先に見えてくるのは、ただ悔いて懺悔を繰り返すだけの停滞した状況から、新しい自分に進んでいくこと。
過去の自分の「価値観」「思い込み」「思考の癖」。それは、自分の本質の部分だけでなく、時代背景や職業特性によるものもあります。今は、その時代や職業から離れたのですから、この部分を見直し、削ぎ落し、自分の本質を掘り下げることができるのではないかと思うのです。
ここから離れることができれば、本当の自分を取り戻すことができるような気がします。もちろん、取り戻した本当の自分に絶望する可能性も高いので、なかなか高リスクですが(笑)。今は、そんな方向に向かいつつあるようです。
自分を見つめ直したら、社会人入試枠受験し、大学で学び直しをと、
そんなことを思う今日この頃です。