定年前に退職した平凡な元会社員の日々

55歳で早期退職しました。健康で文化的なビンボー生活を模索する日々です

樋口一葉の旧居を訪ねる

テーマ「樋口一葉終焉の地のエピソード」

 樋口一葉が貧しかったことは、多くの方がご存じと思います。

 彼女は、11歳で小学校(私立青梅学校小学中等科)を首席で卒業します。聡明な彼女は上級学校進学を望みますが、「女性に学問は必要ない」と考える母の反対で諦めます。のち「萩の舎」に入門し、ここで学問を進めますが、樋口一葉は、その高い教養に対し、学歴は小学校卒でしかありません。

 この時代、女性が稼ぐならば、教師、内職、水商売が代表的なものでした。彼女の教養ならば「教師」にもなれたと思いますが、学歴で不可能だったのです。となると、内職か水商売しかありません。

 そんな時、一葉は「萩の舎」同門の女性が、坪内逍遥に師事して小説家としてデビューし「原稿料」を稼いだという話を聞きます。そこで彼女は半井桃水に師事して小説を学び、「原稿料」を稼ごうとしたと言われています。

 彼女は小説家としてデビューし、その作品は「森鷗外」らに絶賛されます。しかし、貧しさから抜け出すほどの「原稿料」を稼ぐことはできなかったようです。

 

 樋口一葉終焉の地は文京区西片にあります。

 詳しくは↓。 

www.city.bunkyo.lg.jp

 

 樋口一葉が亡くなった数年後、この家で「森田草平」が暮らし始めます。

 東京帝国大学英文科の学生であった森田草平は、やがて「夏目漱石」の弟子となり、その庇護を受けます。

 それと時を同じくして、ある勉強会で知り合った女性とただならぬ関係に落ちます。

 その女性の名は「平塚明子(はるこ)」。のちの「平塚雷鳥」です。

 二人は明治41年3月、塩原温泉で心中未遂事件を起こします。世に言う「煤煙事件」です。↓二人が心中前夜に宿泊したと言われる宿(満寿屋)↓ 

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 樋口一葉の終焉の地は、森田草平が暮らし、その森田を訪ねて「夏目漱石」や「平塚雷鳥」が訪れた場所です。樋口一葉の文才を高く評価しその葬列に参加した「森鴎外」もです。

 今では気付く人も少なくなった樋口一葉終焉の地

 ここは、樋口一葉森鴎外夏目漱石森田草平平塚雷鳥の人生が一瞬交わった場所、明治日本を象徴するエピソードを秘めた地なのです。