退職による夢実現の一つに、映画やドラマを楽しむことがありました。
今日はそんな日々から「沈まぬ太陽」について。
作品情報
タイトル 沈まぬ太陽
製作年度 2016年
上映時間 約50分×20話
製作 wowwow
原作 山崎豊子(週刊新潮1995~1999年連載、2000年出版)
www.wowow.co.jp
文芸作品の映像化です。原作は、文庫本5冊の大作。
私は「読んでから見る派」です。そのためか、特に大作の映像化には不満を感じることが多いです。原作のエピソードや伏線のカット、ストーリーの単純化によって「原作のディテールが失われて面白さや魅力がなくなった」。映画監督の解釈や主張によって、「原作と違う物語になってしまった」と感じることが多いのです。
しかし、wowwow製作のこのドラマには、こうした不満を感じませんでした。原作に忠実で、かつ原作の魅力を超えた作品と感じました。
1、絶妙なキャスティング
原作との違和感がない適材適所なキャスティング。個々の役者さんの個性がメタファーとなって、作中人物のイメージが広がる絶妙さ。個人的には「星田英利」(ほっしゃん)のキャスティングが好きです。
2、原作に忠実な映像化
「はしょる」という大作映像化の宿命を感じません。
「20回という放送回数が先」ではなく、「作ってみたら20回だった」と感じるほど原作に忠実。CMが入らないので、1話50分の緊張感も途切れません。
3、原作のテーマとは?
山崎豊子の作品は「社会派小説」と言われます。そこに描かれる「社会悪」「人間悪」は、徹底した取材と作者の想像力によってリアリティを帯びます。このリアリティが、強いメッセージとなって読者を魅了し、社会正義を喚起します。彼女の作品の影響力の強さは、「白い巨塔」という小説のタイトルが「日本の大学病院・医学界の暗部を暗示する例え」となっているくらいです。
「沈まぬ太陽」には、組合抗争、不当人事、派閥争い、出世競争、利権のために会社を骨までしゃぶりつくす社員と政治家、癒着、不正、隠蔽、123便墜落事故が描かれます。権力抗争を繰り返したあげくに組織が腐敗し、その末期症状として123便の事故が発生したというベタな流れです。しかし、そのリアリティからか、小説出版時、モデルとされた日本航空は強い不快感を表明しています。2009年の映画化の際は、「墜落事故遺族への配慮」を訴えています。そんな作品ですから、民放地上波でドラマ化しても「大人の事情」によって、作品のテーマは損なわれていくでしょう。実際、フジテレビがドラマ化を試みたようですが、実現されていません。
なにより「芸術的リテラシー」が揺らぐ現代社会では、創作と現実との区別がつかない人々が「JAL」に苦情を寄せる、「墜落事故の遺族に配慮すべき」などの自粛警察的正義が放送局や出演者に向けられることも考えられます。残念なことですけど。
社会派小説「沈まぬ太陽」に描かれるのは「正義の実現⇔組織の論理」「安全⇔利益」「理想⇔現実」というジレンマです。このジレンマは「人間悪(エゴイズム)」と「人間存在の美しさ」との相克を問いかけつつ、物語の最後には「幸福とは何か」という普遍的問いへの答えが暗示されて終わる。そしてwowwowは、このテーマを忠実に再現することに成功したと感じました。
4、「会社への忠誠心」を巡って
主人公「恩地」は、「正義」「理想」「安全」のメタファー、行天は「組織」「利益」「現実」のメタファーです。
ただこの二人、元々は「お客様の命を預かるための安全を最優先とすべき航空会社の実現」という理想を共有する盟友でした。その根源には「会社への忠誠心」という、今は少し古くなった価値観があります。
ただし、同じ理想と忠誠心を持ちながら、会社による二人の評価はわかれます。
出世のために必要なのは、組織の論理の理解と、それに基づいた立ち振る舞いです。挨拶、根回し、建前に隠された本音の理解。滅私奉公。清濁併せ吞む度量。これらが「会社への忠誠心という評価の対象」になります。理想実現のためには高い役職を目指すしかないと考える行天は、組織の歯車となって出世の階段を昇ります。その過程で生じるのは上司との共犯関係。これが派閥とその結束の根源です。これらを「現実」と割り切り、身に付け、行動することは、組織で生き残るためにはとても大切です。
そんな行天に対し、恩地は「清濁併せ呑む」を潔しとしません。その結果、恩地の評価は「正義を振り回す」「真っ直ぐすぎる」「不器用」となり左遷人事を受けます。サラリーマンあるあるですね。
しかし、物語の中で、恩地に対する評価の低さの真相が語られる場面があります。それは嫉妬。恩地に左遷人事を下し続けた幹部社員。彼は、清濁併せ吞み、汚れ仕事を自ら被って社長の座についた男。しかし彼は、社長の座を追われてから、恩地を左遷し続けたのは、真っ直ぐに理想を主張する恩地への嫉妬心からだったことに気付いた…と告白するのです。
5、個人的な感想
サラリーマン生活を振り返れば、いろんなことがありました。良いことも悪いことも、理不尽なことも感謝していることも、もう一度会いたい人も顔向けできない人も、それはもう様々です。
ただ、ドラマとして映像化されたこの作品によって、過去の出来事は自分自身の能力・言動・価値観による結果であったことがよくわかりました。自分にとって不都合なことや、理不尽と感じていたことを受け入れる心の準備ができたという感じです。
退職直後、心身の状態は良いとは言えませんでした。宮仕えからの解放感と、世間から取り残される不安感とが交互にやってくるのです。心の振り幅は大きく、コントロールが難しいものでした。しかし、このドラマを見て、少し「浄化」されました。退職後のメンタルケアに必要なのは浄化ですね。今の私を救ってくれたこの作品に感謝の気持ちです。